人をアウトドアに突き動かすのはその人の持つ「価値観」だ。限界に挑戦して達成感や名声を得たい者、ロマンや冒険心の充足を求める者、美しい景色や癒しを求める者。生きるため以外の理由で山に登ったり川を下ったりするのは人間だけだ。そしてその価値観を刺激するものとして「本」や「映画」などが果たす役割は大きく、良い作品は自分を突き動かすために必要かつ重要なアウトドアギアの一つだと僕は思っている。
今回はそんなBBGカルチャーシリーズとして、「ユーコン漂流」という一冊の本、それにまつわるエピソード、そして前回再会を果たした著者の野田知佑さんとのことを少しだけ紹介していきます。

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フルライフという衝動

ひかる風。はねる魚。信じるに足る愛犬ガク。カヌーに満ちるウイスキー。これ以上、なにが必要だと言うのか――苦しく辛い極北の地での心あたたかき人々との邂逅。そして別れ。めざせ、カナダの原野からアラスカのベーリング海まで。自由と思索の川旅3000キロ。さあ、征け。ただ独り、征け。 「ユーコン漂流」より

20代の半ばまで、僕は平凡以下のつまらない人生を送っていた。

登山にも川下りにも全く興味がなく、家で退屈しのぎに本読んでるかゲームばかりしているようなハイパーインドア野郎だ。

当時、単純に面白いからと椎名誠さんの本をよく読んでいたが、文中に何度も「野田さん」というやたらカッコいい男が登場してきた。

その流れで僕は何気なく、その野田さんこと野田知佑さんの1冊の本を手にした。

そしてその1冊が僕の人生の全てを変えてしまったのだ。

 

その本の中には「圧倒的な自由」と「おとぎ話のような原野の世界」が詰まっていた。

本の名は「ユーコン漂流」

野田さんが30年以上前、3夏かけてユーコン川3000キロを漕ぎ下った時のエピソードをまとめた本である。

出典:Amazon

「ユーコン漂流」野田知佑著

男らしく、かと言って寂しさも隠さず、ユーコンの流れのように滔々と静かな語り口調で語られるカナダ・アラスカ原野の川旅の世界。

独特な文体で語られるその茫漠たる世界の描写は、その場の「匂い」すら漂ってきそうなほどで、男としての魂が激しく震えたのを覚えている。

そして五感すべてを使って原野で生活するマウンテンマンとの哲学的なやりとりや、流域のインディアンの話、そしてカヌー犬ガクとの心温まるエピソードの数々は本当に素敵な世界だった。

やがて野田さんの孤独な旅の中での数々の思索や寂寥感は、読む者の心もその世界へと引き込み、僕は瞬く間にその「痛みを伴った圧倒的自由な世界」に魅了されていった。

 

on my own.

自分の幸福も不幸もすべて自分のせい。

自分の実力全てを総動員する「フルライフ」という生き方。

何事も社会に合わせて無理に居場所を作ろうとし、不自由な気持ちで生きていた僕にとって、その旅、その人生観、その価値観は相当なインパクトだった。

野田さんは「若者から自由を奪ってはいけない。辛く苦い経験をして惨めな思いをしてでも単独で旅をしろ。」と背中を押す。

以来、僕の中で「ユーコンでフルライフをする!」という思いがスパーク。

本を読んだ2年後には、「カヌー初心者・英語も話せない・初めての海外ひとり旅」というこれ以上ない未熟さを引っさげ、人よりクマのが多いカナダの原野に単身突っ込んで行ったのです。

まさに無鉄砲で悩める全力青年なのでした。

ユーコンちょい漂流

僕が下ったのは、野田さんが下った3000キロのうちのたった370キロ。

支流のテスリン川からスタートし、フータリンカでユーコン川に合流してカーマックスまで。

それでもその距離を漕ぐには8日間という日数を要し、ゴールのカーマックスまで人の住む街はない無人の荒野を進んでいく旅。

未熟な若者にとってそれは大冒険だった。

とうとう憧れの世界へ。僕は毎秒感動し「今この瞬間を噛み締めろ!」と何度も自分に言い聞かせていた。
本と同じ世界が展開していく。旅の主なタンパク源はグレイリング。スレてないから入れ食いだ。
各所に先人たちが作ったキャンプ適地がある。いつクマが現れてもいいようにベアスプレーは手放せない。
1日12時間漕ぎ続けることも。白夜なので夜も明るくていくらでも残業ができた。
ゴールドラッシュ時代の名残。当時の生活感を残したまま朽ち果てたキャビンが今もそのまま残る。
100年前に金を目指した人々や物資を運んだ船の残骸。往時に思いを馳せる。
川旅中ムースなどの野生動物に出くわす。この広い大自然の中で1対1の命が相対する興奮。
たまたま現地で会った日本人の旅人に撮ってもらう。彼も野田さんの本に影響されてここに来ていた。
フィッシュキャンプ中のインディアンに大量のイクラをもらう。本の世界と同じ体験に感動。3食イクラ三昧。
ドイツ人は数ヶ月の長期休暇があるからよく見かける。日本の現状では若者はどんどん旅をしなくなるだろう。
冒険も日常になってくると、やがて泣きたくなるほどの圧倒的な自由を感じられる瞬間がやって来る。
ただただ全力で1日を生きる自分がいた。絞りカスも残らないほどに。まさにフルライフの世界だ。

技術も装備も知識も未熟過ぎたが、それらが充実した今を持ってしても当時の旅を超える感動は味わえていない。

僕は毎秒を全力で生き、五感を研ぎ澄まし、寝る時は泥のように眠った。

それは確かに、自分の全てをひねり出して生きる「フルライフ」そのものだった。

理屈抜きの充実感だ。

そしてそれは、僕が人生で初めて自分だけのルールと欲求に従って生きる事ができた素晴らしい時間だったのだ。

 

野田さんが言っていたように、この川は若く未熟で愚かで悩みの多い時期に単独行で行ってこそ得るもの、見えることが多い川だ。

この旅以降、僕はどっぷりと川旅の世界にのめり込んでいった。

あのたった1冊の本が、僕の人生の色を全て塗り替えてしまったのである。

※ちなみにこの時の旅の日記はこちらに書いてあります。おヒマな人はどうぞ。







出会いと再会

そしてユーコンから帰ってきたその年の秋。

僕は高知県の四万十川を一人で旅をしていた。

そこで地元のおばあちゃんと話しをしていたら、「野田さんなら今“せんば”に泊まっちゅうきに」などと言うではないか。

四万十の口屋内には野田さんの本によく出てくる「せんば」という民宿があるんだが、なんとたまたまそこに野田さんが逗留していたのである。

僕は顔を硬直させながらせんばに飛び込んで行き、憧れの大先輩にご挨拶をした。

しかも勝手に押しかけてきた僕に対し「一緒に飯を食べて行きなさい」と誘ってくれ、とてつもなく幸せな夜を過ごした。

野田さんはその文体通り、物静かで淡々とした口調の中に優しさとワイルドさを併せ持つ素敵な人だった。

ちなみにこの日しこたま酒を飲んだ僕は、翌日何度も川原で嘔吐しながら四万十川を下っている…。

 

そしてその翌年には愛知の豊川でのイベントでも再会。

この時も色々とお話をさせていただき、「なんかあったら連絡して遊びにきなさい」と言ってくれた。

おそらく社交辞令だったんだろうが、それを真に受け続けて12年。

1冊の本に出会い、ユーコンまで行き、日本中の川を旅し、山旅にまで手を出し、そしてとうとう脱サラしてアウトドアライターに。

「時は来た!」と勝手に思い、ツテを辿って連絡を取り付け、ついにこないだの「徳島西南部パックラフト紀行」の時にとうとう会いに行っちゃったのである。

当時と変わらず、穏やかな口調、優しい表情。

20代の頃のように緊張してる僕に対して、「君のことは覚えているよ」という信じがたい第一声。

ほんとかどうかは分からないが、開口一番僕のハートはぶち抜かれ、思わず目頭が熱くなった。

そんな僕の足をカヌー犬のアレックスとハナが嬉しそうにペロペロ舐める。

 

部屋の中は壁という壁に本と映画のDVDがびっしりで、その上の壁にはアラスカの友人から送られたというクマの剥製が打ち付けられており、庭にはカヌーも漕げる大きな池が。

そんな如何にもな世界観の中で、いろんなお話を聞く事ができた。

例えば日本のアウトドアに関して、

「日本人はアウトドア遊びが下手で、カヌーも川を下るだけの者が多い。ユーコンのドイツ人などはアウトドアがとても上手だ。日本人は下るだけじゃなくもっと潜って魚を獲って遊ぶべき。日本ほど長い期間潜れる美しい川が存在する国はないんだから。」

「今は小学校の先生自体が遊びを知らなすぎる。以前小学校に呼ばれた時、私が子供達に川に入っていいぞと言っても、彼らは先生の顔色を伺って入らないんだ。これには参った。実は田舎の者ほど川で遊ばない。ゲームばっかりだ。その点まだ今は東京の子供の方が川での遊びに貪欲だったりする。」

他にもライターとしての心得的なことや、漁協のない川や綺麗な川の情報、本では読めないような貴重なエピソードなども。

正直ちょっと玄関先で挨拶できれば…程度に思っていたのに、終わってみれば1時間以上も貴重な時間を割いていろんなお話をしてくださった。

そして「まあ大変な仕事だが、食えなくなったらいつでも連絡しなさい。逆に儲かって儲かってしょうがなくなっても連絡して来なさい。」と、らしいジョークを交えながら、またしても僕の背中を優しく、そして力強く押してくれた。

たった1冊の本でこの世界に導いてくれた時のように、今また新たな勇気をいただいた。

最後に「しかしまあ、君も面白い人生だな」と言ってくれ、僕もまた「野田さんのおかげですよ。ありがとうございます。」と、しっかりとこの12年分のお礼を言う事ができた。

そして僕が車で去っていくのを、あの優しい笑顔のまま手を振って見送ってくれた。

またしても目頭が熱くなった。

 

野田さんは僕にとって数少ない「信頼に足る大人の人」だ。

僕も少しでもそんな大人になれるよう精進し、次の世代にもちゃんと川旅の魅力を伝えて行きたい。

そして誰か一人でもいいから、その人の人生を面白くしてあげられたらと心底思った。

 

一方で、野田さんの冒険は今もまだ衰える事なく続いている。

数年前には、そのユーコン川を75歳という年齢で、しかも「イカダ」で下っている。

その時の模様を綴った本も出ているから、ユーコン漂流と合わせて読んでみても面白いだろう。

かなり痛快な本である。

出典:Amazon

「ユーコン川を筏で下る」野田知佑著

という事で、まずは「ユーコン漂流」を読んで、心の内に眠る「衝動」を突き動かしてあげましょう!

今は単独行で若い人がユーコンを下ることも少なくなって来たそうだ。

しかし僕はただその世界を知らないだけだと思っている。

この本を読んで「こんな世界があるんだ!」と気づいて欲しい。

上辺だけのこの世界がつまらない、息がつまる、そう思ってるなら今すぐ野田さんの本を手に取るべきだ。

 

まずは衝動のままに行動し、すべての責任を己で背負いこみ、余力も残さないようなフルライフを体験して来るといい。

そこには今まで経験したことのない、ヒリヒリするようなむき出しの自由が転がってるぞ!

 

さあ、征け。

ただ独り、征け。

 

野田さんからの特別メッセージ

なんと、後日野田知佑さんからBBGの読者に向けてメッセージを寄せていただきました!

ここに追記として掲載させていただきます!

<ツーリングカヌーのすすめ>

 カヌーの記事を書き始めて50年くらいになる。

 ぼくのカヌーは旅行用のカヌーです。

カヌーとアウトドアとキャンプと旅を一緒にしたもので、これはアウトドアの実力がないとできません。

なるべくぼくの真似をして、川に潜り、魚を捕り、川を旅してください。

日本は世界で一番川旅に適した川を持った国です。

 やってごらん。面白いぞ!

野田 知佑

 

野田さん、ありがとうございました!