何気にここ数年、変な行動ばかりで普通の登山からかけ離れていたユーコンカワイ。そんな「縦走ご無沙汰男」が、浮かれの王国八ヶ岳で「赤岳-横岳-硫黄岳」の日帰り縦走に挑んだ。「本厄男でも夏の八ヶ岳ならランドネ的な爽やか紀行文が書けるはず!」─この物語は、そう意気込んで八ヶ岳に突入して行った男に待ち受ける「現実」に鋭く迫ったドキュメンタリーである。
[toc]
浮かれの王国「八ヶ岳」
今まで僕は「八ヶ岳は冬に行くところだ」って、なんとなーく思ってた。
夏の八ヶ岳は「山ガールが乱舞するランドネ的爽やか王国」だと認識しており、僕のような腐った悪天候マゾ男が汚してはいけない聖域なんだと勝手に決めつけていた。
そんな爽やかな世界で、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばってグハグハ言いながら世界を真っ白にしてしまっては一般の皆さまに申し訳ないと。
だから実は僕は夏の八ヶ岳に一度も登ったことがなく、夏のヤツには一種の憧れ的な感情を抱いていたのだ。
しかし四十肩で始まった我が本厄イヤーは、やっぱり例年に輪をかけて不幸なことばっかりで実にしんどい。
ちょっとここらで己を快晴の八ヶ岳で癒してしまってもいいんじゃないのか?
少々浮かれてしまってもいいんじゃないのか?
そう思った僕は、晴れ予報が出ていた海の日の祝日についに夏の八ヶ岳に向かったのである。
まあ癒されたいって言いながらも、日帰り赤岳-横岳-硫黄岳はコースタイム9時間半くらいのそこそこマゾい行程なんですけどね。
第1章 白だけの赤岳へ!
とうとうやって来ました夏の八ヶ岳。
しかし、この段階で我が頭上に青空的要素は一切なく、重厚なグレーで覆われた上にポツリポツリとお馴染みの水滴が降り注ぐ。
天気予報が晴れだったのにどうしてこうなった?さっきまでバンバンに雨が降ってたし。
しかも最後のコンビニに寄り損ねたせいで、「朝食抜き」というセルフマゾスタートダッシュが炸裂。
のっけから不安要素いっぱいで、少しも浮かれられる気がしない。
多分小屋まで行けばパンでも売ってるだろうと、腹をグーグー言わせながら行者小屋を目指す。
僕の中の勝手な八ヶ岳のイメージだと、この段階で既に爽やかな木漏れ日に包まれてる予定だったが、結局いつもと変わらない薄暗くてジメジメしたハイクアップに。
買ったばかりのシューズもやたら濡れた岩でツルツル滑って、気分も若干ブルーに。
そんな中、やがて行者小屋に到着。冬とは全く違う雰囲気ですごく新鮮だ。
で、もちろん図ったかのようにパンは売っておらず。
スタートして1時間半で早くも僕は「飢え」に直面した。
行動食として持って来たトレイルバターで、なんとかその場を凌ぐ。
朝っぱらから暗い軒先で静かにチューチューする「妖怪トレイルバター」。
どうも僕がイメージしてた爽やかな八ヶ岳のイメージと何か違う気がする。
そっから文三郎尾根で赤岳を目指す。
そして空腹のまま突入する直登階段の嵐。
何がつらいって、こういう時の己撮りはこのしんどい階段を何往復もする事になるから、通常の登山者より1.5倍の労力を要するってこと。
早くBBGもカメラマン同行で行けるようなならないものか…。
まあマゾだから別にいいんですけど。
で、せっかくの夏の八ヶ岳なのに、結局「景色ゼロの白い世界の中で眉間に皺寄せてグハグハ登る」といういつも通りの光景が展開。
見上げれば、真っ白い世界の中で立ちすくむ山ガールたち。
僕は「ごめんね。なんだか…うまく言えないけど…来ちゃってごめんね。」と心の中で呟くばかり。
そこにはランドネ的な八ヶ岳の姿は一切存在しなかった。
予報では「間違いなく晴れる」っていう太陽燦々マークが踊っていたはずが、気のせいだったんだろうか?
挙句冷たい風がビュンビュン吹いてクソ寒いったらない。
また見事に白いレインウェア持って来ちゃったもんだから、いよいよ背景と同化して存在感すら薄くなっていく本厄男。
そしてさすが祝日とあって、そっから先は大渋滞に。
渋滞待ちでみるみる冷えていく体。朝飯食ってないから尚更弱っていく。
しかも己撮りの難易度もいよいよハードになって行くのである。
これ、一回登った後にカメラセットしてまた降りてから登ってるんですよね。
おまけに人も多いんで、そりゃあもう変な人感が凄まじい。
というか、別に人の少ない平日に来れる身なのに、あえて晴れを狙って今日来て天気悪くて渋滞って…。
それでもなんとかその「行列ができる赤岳遭難所」をクリアして、
久々にまともな山頂、赤岳制覇です!
一応書いておきますが、ウェアも背景も白いけどこれモノクロ写真じゃないですよ。カラー写真ですからね。
やはり僕には白が良く似合う。
こうして苦労して登った山頂で、「絶景を頭の中でイメージする」ってのが僕は何よりも好きなんだ。
その白いキャンバスに夢を描こうが絶望を描こうが、それはその人の自由。
やっぱり八ヶ岳の白はどこか爽やかである。
実に癒される。
第2章 奇跡の横岳へ!
さあ、軽く涙を拭ったところで、ここから久々の縦走の旅路が始まる。
赤岳頂上山荘は、天気予報通りの随分爽やかな状態になっている。
浮かれちゃうなぁ。
どうしよっかな。
もう帰ろうかな。
とりあえず「地蔵尾根分岐まで行っても白いままだったらもうそっから下山しよう。」と、そのままお先真っ白な純白の縦走路に突入していく。
あんなにごった返してた登山者もほとんどいなくなってしまった。
数少ない他の登山者も皆一様に笑顔がなく、浮かれポンチな奴は一人もいない。
白背景に白ウェアの「Oh!透明人間男」も、ただただ押し黙ってホワイティな八ヶ岳の縦走を満喫する。
そして一切赤岳が展望できない「赤岳天望荘」に到達し、
あいかわらずパンが売ってないからトレイルバターで飢えを凌ぎつつ、天候の回復を待ったが、
大方の予想通り白いままで地蔵尾根分岐まで来ちゃった。
僕は半べそ気味で下山方向に足を向ける。
しかし、せっかく満を辞してはるばるやって来た夏の浮かれ八ヶ岳。
「やっぱこのまま1mmも浮かれずに帰れんわ!やるっきゃ騎士だわ!」と気を取り直し、そのまま横岳に向けて縦走を続行。
考えようによっちゃあ幽玄的だし、考えようによっちゃあ八ヶ岳の裏の顔だし、考えようによっちゃあ特訓だと思えば…。
こうしてネガティブに支配されないよう必死で「考えようによっちゃあスタイル」でその場を凌ぎ、いつか来るであろう「浮かれどき」を信じて進む厳しい時間帯。
人が少ないから無駄な己撮りだけがはかどってしまう。
だってどうせ景色撮っても真っ白だし。
なーんていじけて来た頃、赤岳方面を振り返ると白の中に巨大な山塊が現れたのだ。
モワモワと白が移動して行き、徐々に姿を表す赤岳の勇姿。
今までが白にまみれていた分、突然眼前にそびえ立った荘厳なその姿に大感動。
しかもこの「山頂が見えそで見えない」っていう焦らしプレイが余計私をコーフンさせる。
これぞ晴れ男や晴れ女どもには味わえない悪天候男の特権だ。
強がって言ってるわけじゃい。
決して強がってなんか…。
やがてあれほど純白を貫いて来た縦走路も、銀幕が上がって行くかのようにパァァァっと景色をモロ出しにして来た。
ついに来た!
浮かれどきだ!
僕は「嗚呼…久々に思い出した…。山って苦しくて切ない場所じゃなくて、楽しいとこだったよなぁ…」としみじみ噛み締めながら縦走を満喫。
実に晴れ晴れとした表情で横岳に到達です!
そしてここからの眺めは実に絶景。
さっきまで恥じらってた赤岳姉さんももその姿を惜しみなく全開にし、南アの北岳ちゃんとの美しき競演!
スタートから随分と時間がかかったが、やっと「夏の八ヶ岳に来たんだ!」ってな浮かれ気分に到達した。
地蔵尾根から下山しなくて本当に良かった。
あのまま帰ってこの光景を後でヤマレコとかで見てたとしたら、41歳にしてリアルにグレるところだった。
諦めたらそこで試合終了。
ありがとう、安西先生。
第3章 北斗の硫黄岳へ!
さあ、こっからはひたすらご褒美縦走タイム。
高所恐怖症の僕としては景色が見えてしまったせいで若干スリリングになってしまったが、それでもとても気分がいい。
下積み時代(白かった頃)が長かったおかげで、この想像に頼らなくていい景色に対してルンルン気分が止まらない。
この時までは本当に楽しかった。
しかし私のような本厄男が、この幸せがずっと続くと思い上がってしまったのがいけなかった。
いつもの「浮かれた先にはマゾ来たる」のお時間の始まりである。
この先この晴れ状態がずっと続くと思っちゃった僕は、硫黄岳の山頂で食べる予定だった昼飯を手前の硫黄岳山荘で食べることに。
今回はこないだのアルコールストーブオリンピックでの優勝記念で、お供にFREVO Rを持って来た。
アルコールストーブ使った時は取っ手の部分が絶対に熱くなるから、僕はちゃんとトレッキンググローブをはめて沸騰したカップの取っ手を持った。
しかしグローブが思った以上に薄手だったこともあり、猛烈な熱さがほぼダイレクトに指を急襲!
周りには結構な数の登山者がいたが、僕はかなりの大声で「ホアッチャァッッッッ!」と叫んでお湯をぶちまけた。
周囲の人たちも突然のケンシロウの登場にびっくりしてこっち見てる。
おもいっきり火傷を負ってアタフタするケンシロウ。
それでもここでラーメン作りを諦めたら、トレイルバターだけでこの大縦走を乗り切る羽目になる。
それはまずいと必死でリフィルラーメンをお湯に投入しようとするが、今度は投入時に指が滑って熱湯の中に!
再び「アチャァッッッ!」と叫び、ラーメンをそこら中にぶちまく北斗の男。
なんとかカップをひっくり返さずにラーメンを食うことはできたが、火傷した指が痛すぎてまるで味わえなかった。
で、そんな一人熱湯コマーシャルをやってる間に、世界は再び核の炎に包まれた。
結局あの浮かれフィーバータイムは30分ほどで幕を閉じ、いつもの白い世界に舞い戻る。
どっかその辺のシェルターの入り口でトキが倒れてんじゃないか?ってな光景だ。
で、硫黄岳まで我慢できずに早めに飯にしてしまったせいで、もちろん硫黄岳山頂はまたモノクロ写真の世界に。
そして失意のまま下山を開始。
すると浮石でつまづき、別の大きな岩に弁慶を強打。
激痛が走り、再び「アタッッー!」と叫ぶケンシロウ。
浮かれてた頃の平和な記憶は吹っ飛び、指は火傷で弁慶は流血して世界はすっかり世紀末。
Welcome to this crazy time.
このふざけた時代へようこそ。俺はマゾボーイ、マゾボーイ、マゾボーイ、マゾボーイ…
最終章 さよなら夏の八ヶ岳
指をかばい、足を引きずる敗残兵が一匹。
下界の樹林帯まで降りて来たその男に、やっと天気予報通りの燦々とした陽光が降り注いでいた。
もう全てが終わるぜっていうこの段階で、やっとイメージしてた夏の爽やか八ヶ岳。
陽気に輝く太陽を眺める彼の表情は、なぜかどこかもの悲しげだ。
彼は「なるほどなるほど。はいはいはい。OK、OK。」と呟いて何かを納得させる。
そして何事か叫びながら走って下山していった。
そして「せめて下山後くらいランドネ的な1枚を…」と、美濃戸山荘でソフトクリームを購入。
ここで彼が顔をしかめてるのはソフトクリームがすげえ美味しかったわけではなく、アブがすげえ大発生して彼の周りを飛びまくっているからだ。
結局彼はここで足を1箇所刺され、ソフトクリーム持ったままその場を逃げるように駐車場に消えていった。
余談だが、その後で行った温泉の露天風呂のベンチで横になっていた彼は、そこでも無防備なケツをアブに刺されている。
最終的に彼はあのたった30分の晴れ間フィーバータイムのために、指の火傷、スネ打撲、アブ2箇所刺されという細かな事後代償を支払ったのだ。
浮かれの王国「八ヶ岳」。
爽やか登山の代名詞的な場所だが、結局は「人による」ってことがよくわかった。
僕は一生ランドネさんからお声はかからないことでしょう。
やっぱ本厄はおとなしく内勤してた方がいいのかな…。
まあとりあえず、これで本格的な夏山シーズンインに向けてウォーミングマゾアップができたので良しとしておこう。
痩せたおかげもあってか、体は結構動くようになって来た。
あとはもっと打たれ強いハートを手に入れるだけだ。
こんな僕ですが、今夏運悪く同じ山に出くわした時はよろしくお願いします。
ではまた山でお会いしましょう。
どうか嫌がらないでね。
ユーコンカワイでした。
[kanren postid=”4850″]