清流大国四国。その中でも徳島県と言えば激流吉野川や清流穴吹川が有名だが、なかなか人が訪れない西南部にも人知れず超絶清流が存在しているのをご存知だろうか?その川は市販のミネラルウォーターと同様の水質値を叩き出した驚異の「飲める川」。そんな清流をめぐる旅はやがて「神様との遭遇」を経て「思い出の川」へと流れていく。今回はそんな徳島パックラフトトリップの模様をまとめてお送りしていこう。

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第1章 海部川編

橋の上から川を覗いた時、全く水がないように見えて一瞬立ち尽くす。

しかし、すぐに思い出した。

この川は水がないんではなく、正確に言えば「透明過ぎて水があるように見えない」のだ。

こう見えて水深1mくらいある。

12年ぶりに見る海部川(かいふがわ)は、あの頃と変わらぬ姿で再び僕を迎え入れてくれたのだ。

 

当時この川を旅した頃、美しい水質はもちろん、この地域の雰囲気にも魅了された。

地元の老婆に「この辺に有名な滝があるそうですがこっからどのくらいですか?」と聞いた時、「だいたい3里ほど先じゃ」と言われて衝撃を受けたこともある。

1里が何kmなのかさっぱりわかんなかったから何の参考にもならなかったが、未だに「里」という単位が生きてる地域に迷い込んだことに妙な興奮を覚えた。

地元のバスに乗っても、運転手のおじちゃんは夕刊配達員も兼ねてるのか各家の前に夕刊を投げ込みながらバスを走らせ、散々僕と談笑したのちバス停関係なくどの場所でも降ろしてくれたりもした。

他にも野犬に買ったばかりのマップケースを食い破られたり、普通に川に鹿の白骨死体が野ざらしになってたりなど、なかなか印象的な思い出が多い川なのだ。

 

その地に12年ぶりに到達し、はやる気持ちを抑えながらスタート箇所である上流の「皆ノ瀬」から川に侵入。

川に日が射して美しさに磨きがかかってから下ろうってことで、ここは焦らずテンカラ釣りでもして日が高くなるのをじっくり待つのである。

そう思い、テンカラの用意をして早速その一投目!

ついに来た!

根元からボッキリが。

今回旅の予定の中にかなりテンカラ釣りを入れていた僕に降り注いだ「1投目のまさか」。

こうして僕は早くも「本日の快晴代償」の前払いに成功したのである。

そしてそれを合図に、うなだれる男の元に「パアアァァ〜」と日の光が降り注ぐ。

さあ、これで安心してこの快晴を楽しめるぞ。

前回の小川は快晴のためにデジカメを水没奉納したが、今回は1万円の竿なので非常に安く済んだ…。

いつものことだ。

泣いてなんかいない。

さあ、気を取り直して出発だ。

顔がどこか沈んでいるのは気にしないでください。

 

しかしそんな凹んだ男も、即座に竿のことなんて忘れる世界が展開。

その水質はまさに「流れるミネラルウォーター」。

早くも押し寄せて来たのがこの「海部ブルー」の壮絶な美しさ。

この川は他のグリーンっぽい清流の川と違って、ブルーがかった透明度の高いクリアウォーター。

浅い所は水がないんじゃいかって程のクリアさで、

一方で、深い所はどこまでも青く清冽。

2mほど下の川底には自分の影がくっきりと映り込み、まさに浮遊しているかのような錯覚を巻き起こす。

 

このようにこの川がミネラルウォーターと同等の水質を維持しているのは、ダムがないことはもちろん、開発などの俗化を免れて来たがため。

未だに「里」という単位がまかり通るような場所だからこそ生き残った、まさに本家「日本最後の清流」なのである。

 

もうこなってくるといつもの如く僕は漕ぐことをやめて、川底の一つ一つの石や魚の泳ぐ姿を愛でながら鼻歌交じりで流れていく。

何だか普通にウイスキー持って来て、この川の水で割って飲みながら下りたい気分だ。

そして結構な大きさの巨木が水中にあったりするんだが、その全てが丸見えで、上から見てるとシーサーペントに見えてきて恐怖すら覚えるほど。

僕は今まで数多くの日本の川を下って来たが、水質だけで言えば間違いなく日本NO.1だと言い切れる川である。

 

今回12年ぶりにこの川を訪れたのは、BBGの読者にもこの世界を知ってもらってもっと川旅に興味を持って欲しかったから。

ただ写真や映像や僕の拙い文章では、現場の本当の美しさをちゃんと伝えられないのが悔しい。

だからぜひ実際に行って体験してほしい(遠いけど)川なのである。

その後も鳥の声を聞きながらサラサラと流れて行き、やがて素敵な川原を見つけたら上陸してメシだ。

もちろん浄水器も使わず、海部川ダイレクトウォーターにてラーメンを食う。美味。

ちなみに今回はレビュー用にRSR(RiverSideRambler)のRSR NATURE STOVEを初投入。

地面が湿っていたり焚き火がしにくい環境下では、炊飯用のウッドストーブとしても、ミニマルな焚き火台としても多用途に活躍するアイテム。

風防の組み立てが少々面倒だったり、専用ウッドストーブよりは燃料的に木を多く使う点など不満点もあるが、160gでこの安心感は沢などの環境下で効果を発揮(元々源流釣行用)するだろう。

このRSR NATURE STOVEは、もう少しいろんな現場で使い込んでから改めてしっかりレビューしますね。

 

で、食うだけ食ったら、ドザエモン的に大の字で昼寝しなくてはいけないのが我が川旅の絶対ルールだ。

食ってすぐ寝のデブまっしぐら。

しかしその川の水を飲み、その川の大地を感じ、その川の鳥の声とせせらぎを聞き、その川の空気に包まれながら寝ることで、よりその川を感じられるんだから多少のデブ化はしょうがないじゃない。

というか単純に気持ちよすぎるんです。

特に単独行だと全てのタイミングは自分次第なので、このような「自由」を求めて川を旅するなら断然単独行をお勧めする。

この人のように「10分後に撮影」という設定をして、自分の昼寝すら己撮りしつつ本寝できるようになったらもう立派な自由人なのである。

 

そんで目が覚めたら再び旅は周り出す。

この川は普段から水量が乏しく、コース後半はそこそこ歩く羽目になる。

瀬もあって基本大したことはないが、ほぼ浅瀬なので隠れ岩の早期発見と水深のある本流を見定める力は多少必要だ。

 

ある意味、喫水が浅くて回転性の優れるパックラフト向きの川とも言えるだろう。

テトラポットもいくつか点在してたから、そこには絶対近づかないように注意が必要だ。

 

そして目一杯清流を堪能して、神野の堰堤前でゴール。

ここでは地元の若夫婦が赤ちゃんを川で沐浴させている光景に出会い、とても微笑ましい気持ちになった。

他にも何気なく川を覗いてる地元のおっさんおばちゃんが何人かいたりと、住民がしっかり川を向いて生活している感じも嬉しい。

良い川の周辺の人たちは、ちゃんと自然な形で川と共生している。

都会で見向きもされない川は人々の知らないうちに護岸開発の餌食になってどんどん汚れていくが、この川はまだしばらくは大丈夫なようだね。

第2章 移動&日和佐編

装備一式を担いでのんびり自転車でスタート地点へと帰っていく。

12年前は大荷物担いで必死でバスに乗り込んだものだが、パックラフトになってからというもの本当に単独行が楽になったものだ。

で、車を回収したら12年前に道の崩落のせいで行けなかった「3里先の」轟の滝へ。

ちなみにこれ滝壺の中に入る気は全くなかったんだが、たまたまそこにいたガールに撮影をお願いして立ち位置に向かう途中足を滑らせて滝壺に落ちたから結果こうなってしまった。

とても恥ずかしかったから、さも「最初からワイルドに滝壺入るつもりだったんだぜ」という余裕の表情を作り込んでいるのが上の写真の真実である。

 

ってことで旅は続き、今度は一気に海方面へと車を走らせ、事前に目をつけていた海岸を今夜の宿とした。

海岸には「さあ!燃やしてください!」と言わんばかりの流木が大量漂着し、そして「ささ!こちらでどうぞ!」と言わんばかりの焚き火スペースが設置されている。

実はここはかつてビーパルの特集で野田知佑さんが焚き火してハモニカを吹いていた場所のようで、そんなこともあって一度は訪れて見たかった場所だったのだ。

焚き火開始前にはもうすっかりビールまみれになっており、ほろ酔い気分でフリーダムな極上タイムが過ぎていく。

酔っ払いはうめき声を垂れ流し、買ったばかりの慣れないマーチン・バックパッカーを下手くそにかき鳴らして溜まったストレスを海に向かって吐き出すデトックスタイムへ。

で、日が暮れると「ウィ〜」とふらつきながらビッグファイヤー。

いつも川や山だが、久しぶりに海岸に泊まって相当に気分がいい。酒も進む進む。

アルミポット炊飯も無造作に焚き火に投入するのみ。

たださすがにここまで豪快な焚き火の中への直投入は無謀だったようで、アルミポットで初めて思っきり焦がしてしまった。

メシの縁はかなり発ガン率高めの黒焦げ状態。

しかしそんな小さなことをいちいち気にしていたら海岸泊は楽しめない。腹に入ればみんな一緒だ。

黒焦げ飯を酒と一緒に腹に流し込んだら、あとはもう「あ〜・・・う〜・・・」と生ける屍となって焚き火を眺めながらツマミを炙ってウイスキーをチビチビと。

見事なる「社会生活不適合者感」だが、気張って生きてるニッポン人、焚き火の時こそアホになったもん勝ちなのである。

 

で、翌朝は日和佐川の知る人ぞ知るスポット(地元の人の憩いの場なので行き方は非公開)に向けて移動。

大量の猿が出現する中、なんとかその場所を探り当てて到達したのはまさに桃源郷。

美しい淵、乱舞するお魚、飛び込み台の大岩、流れ落ちる滝。

そんな桃源郷で、寝転がって読書に興じるという贅沢。

本来はこの日和佐川を少し下るつもりだったが、下見の結果やはり水量不足でさすがのパックラフトでも無理だった。

それでも僕の川旅は下る事に固執してないので、このように素敵な川原でグダれればそれでいいのである。

 

ちなみにこの日和佐川は全国でも珍しく漁協が存在しない川で、潜り倒して魚を突きまくれるという夢みたいな川である。

そんな素敵な川の近くに、やはり素敵すぎる「神様」が暮らしている。

事前に連絡を取っていた僕は、その神様の元に長年の感謝を告げるべく移動した。

その神様はかつてたった1冊の本で僕の人生の全てを変えてしまい、今でも激しく影響を与え続けるアウトドア界のハイパーレジェンド。

野田知佑さん、その人である。

図らずも全く同じポーズで写ってしまい、なんだか親子のようになってしまった。

何気にアレックスとハナも見事なフレームインである。

僕と野田さんの事やこの時の内容を書くと長くなっちゃうんで、改めて別記事で本の紹介も兼ねて書いていきますね。

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ここで1時間ちょっとお話をさせていただき、たっぷりと金言をいただいて、「野田さんのおかげでなんだか面白い人生になってしまいました。ありがとうございます!」とお礼を告げる事に成功。

こうして神様への参拝を済ませ、川旅中にちゃっかり「アウトドアライターとして食って行けますように祈願」を達成。

なんとか少しでもご利益にあやかりたいものである…。







第3章 鮎喰川編

その後、鮎喰川(あくいがわ)に移動し、野田さんに教えてもらった野営に最適な川原へ向かう。

しかしたまたまそこで地元のヤンキー集団がBBQしてて、オヤジ狩りされちゃう!とビビって別の場所に移動。

というかそんなヤンキーですらちゃんと川で遊んでいるという徳島の底力にはちょっと感動。

で、その日は誰もいない静かな川原を見つけ出して野営。

早まって出てきちゃった季節外れのホタルなんかもちらほら飛んでて、なんとも気分の良い川原だった。

ただその日の夜中、すぐ近くで「キエェェェッッッッ!」「クヘェェェッッッ!」という奇声がこだまし、何気に結構ビビった。

獣かなんかだと思うが、一瞬ラリったヤンキーが襲ってきたかと戦慄が走る。

まあこの日もグデングデンに酔ってたんでどっちでもよかったんだけどね。

 

翌朝、スタートとゴール場所は野田さんから聞いていたが、上流部も一応少し下見。

この川は川沿いに点々と人形が配置されているから、夜だったらかなりビビっていた事だろう。

途中梅農家のおばあちゃんと談笑し、「この川綺麗ですねー」って褒めると、自分が褒められたように喜んで可愛い笑顔を見せてくれたのが印象的だった。

良い川の流域に住む人々は、川を家族のように大切にしているから、大抵その川を褒めると上機嫌になるのだ。

最近は川鵜が多くて鮎が少なくなって来たとも話してくれた。

 

やがてひとしきり下見を済ませると、聞いていた広野小学校脇の道から川へと侵入。

この鮎喰川は、実は一般的なパドラーからはあまり見向きをされない川だ。

みんな近くの清流穴吹川か、吉野川の上流に行って大歩危小歩危でラフティングに興じるのが常。

故にこの川は、綺麗なんだけど比較的地元の人々の憩いの場的な感じの川。

何気に僕も初めて下る未知の川だったりする。

僕がいつかこの川を下ろうと思ったのは、10年ほど前に歩きお遍路をやってた時(色んなことやってるな)たまたまこの鮎喰川を道路から見て激しく感動したからである。

そこで美しき清流を黒々と埋め尽くす鮎の群れを見たからだ。

鮎喰川の名は伊達じゃなかったのである。

 

そしてその時白衣を纏って同行二人の笠を被ってた青年は、今立派な遊び人の本厄中年となって再び鮎喰川にカムバック。

そして鮎喰川も相変わらずの美しさで僕を迎え入れてくれた。

水質的には圧倒的に海部川には劣るけど、この岩に張り付いた豊富な苔のおかげで鮎が多く育つ川となっている。

ただこの中流域あたりから生活圏内に入ることもあってか、少しゴミや水の汚れが目立ったりもするのが少々残念だ。

それでも潜って遊ぶには極上のフィールドで、川を潜りながら下るってスタイルがこの川にはふさわしい。

野田さんの話によると小学生でも大きなナマズを捕まえたと言っていたが、この日はまだ水温も低くなかなか大物にはお目にかかれなかった。

それでも岩の奥に隠れたカワムツや、川底に張り付いてるヨシノボリを追いかけているだけで十分に幸せなのである。

ただ後で気づいたが、やたらと逃げられるなあと思っていたらエビタモに大きな穴が空いていたというまさか。

壊れたテンカラ竿といい、せっかく本場に来ておきながらろくにお魚さんと遊べなかった。

まあそれもこれも晴れたんだからしょうがない。

 

そこからは体が冷えては岩で温め(死んでるわけではない)、潜るを繰り返し、

もういつでも潜れるようにパドリングシューズも履かずに足ヒレつけたままユラユラ流され、

最終的にはもはや漕ぐこともやめて、紐でパックラフト引っ張りながら流されるというスモグリングスタイルへ。

これが正しい鮎喰川の下り方だ。

ただまだ水温低いんで中々マゾイお遊びなのである。

さすがにクタクタになるまで潜って遊んでしまったんで、いつもの浮遊パドリング己撮り写真は無人でご勘弁願いたい。

もういちいちセルフタイマーセットして乗って降りてとかは、3日間がっつり遊んだ40超えの私には不可能だ。

それほどしっかりと徳島西南部を満喫したってことなのである。

やがて三脚すら出すのが面倒で、カメラを地面に直置きにてゴール記念写真。

今回の旅は、全体的に川を漕いでいる時間より、潜ってるか焚き火してるか酒飲んでるかの方が多かった気がするが気にしない。

これが僕の川旅スタイル。

どんな形だって楽しんで自然を満喫できた者が勝者。

全てが自由なのである。

 

で、旅で失ったカロリーを徳島ラーメンで必要以上にオーバー回収し、

長いドライブに備えてAwaRiseでエナジーチャージ。

そして僕は阿波踊りを踊りながら岐阜への帰路に着いたのである。

もちろん図ったかのように高速道路の集中工事にぶち当たり、大渋滞に巻き込まれてボロボロになって帰宅したのは言うまでもない。

まあ、晴れたんだからしょうがないのである。

 

こうして12年ぶりの海部川と野田さんとの再会、10年ぶりの鮎喰川との約束を果たし、久しぶりの徳島西南部の旅を終えた。

改めて思ったのは「やっぱ四国は川も人も最高ね」ってことね。

次に訪れるのは何年後の事かわからないけど、今度は子供達を連れて来て、次の世代にもしっかりとこの豊かな体験をさせてあげたいものです。

でもってまだ行った事がない人もぜひ海部川のミネラルウォーターを飲みに行って欲しいところでございます。

 

やっぱ川旅はいいですな。

それではまた次回。

ユーコンカワイでした。

 

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