13年前ウブっ子だった青年が今、立派な遊び人となって「柿太郎」に帰ってきた。
かつてミシュランカワイによって極上5つ星川原に認定されたその川原で、今まさに旅人は長年の思いを遂げようと熱い夜に向けて突き進む。
やがて流域探索にまで及ぶその川旅は、旅人をハードな快晴代償のお支払いへと導いてしまうのである。

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柿太郎な夜

13年ぶりの“思い人”との再会。

これが20代そこそこの若造なら興奮して即座にベッドインしてしまうところだが、円熟味を帯びた大人の遊び人はここで決して慌てない。

まず川旅野営において真っ先にやらなければならないのはテント設営でも薪集めでもない。

そう、まずは一旦息を吐き、落ち着いて「ビールを冷やす」ことから始めなければならないのである。

これを最初にやっておかないと、アツい行為のその後でぬるいビールを飲む羽目になって味気ない思いをしてしまうことになる。

正直、その一杯のために僕は川旅をやっていると言っても過言ではないので、兎にも角にも冷蔵庫作りが重要。

ちなみにこの後ちゃんと石で上から蓋をしておかないと、いつの間にか流されてて後から本気で泣きそうになるから注意されたし。

 

そして落ち着いたところで、はやる気持ちを抑えつつ改めてベッドメイキング。

基本的に川旅はタープのみで寝るのが好きだが、今回はレビュー用にパーゴワークスの新作「ニンジャネスト」をフィールドテストなのである。

川旅初心者の人や夏場の虫の多い時期でも、タープ泊の開放感とテントの安心感を堪能できるこのアイテム。

一人で使用するには広すぎるけど、ダイナミックな川旅には逆にちょうどいい開放感だ。

詳しいレビューは何度かしっかりフィールドテストしたのちに書き倒すんで、その時をお待ちくださいな。

BBGはひたすら使い込んでからじゃないとレビューは書かんのであります。

 

ちなみに「ロマンがあるから」という理由だけででなんとかパドルを使って立てたかったけど、そもそも「トレッキングポール使うと簡単だよ」って仕様なんでどうもうまくいかなかった。

ってことで急遽100均でお好みソース入れを購入して来てなんとか代用させてみた。

結果的にロマンよりもダサさが急激にアップしてしまったが、そこは「オシャレなアルファベット」を書き込みことによって見事にカバー。

さも大手ブランドの正規品のようなその佇まいで、我が川原に西海岸の風が吹く。

そして濡れた衣服もこのように乾かせば、途端に河川敷高架下のホームレス感満載の風も吹いてしまう。

そしてこの時、単独行の川旅において極上の快感タイムがやってくる。

そう、それがこの裸族の世界なのである。

爽快ここに極まれり。

沈みゆく美しい夕日を「親子」で見送るこの開放感。

どちらかと言えば「変態ここに極まれり」といった世界観だが、どっちにしたって本気で気持ちいいからとりあえず一回やってみてほしい。

過去にはこの姿のままで泳ぎまくったこともあるが、その快感たるや筆舌に尽くしがたし。

単独行で、周囲に誰もいない川旅だからこそ可能なまるごし刑事プレイなのである。

 

という変態露出行為を存分に楽しんだ後は、のんびりとビール飲みながら柿太郎とお互いの13年について語り合い、

ほろ酔い気分で夜に向けて薪を集め、

日も暮れて火を熾せば、いよいよ現世と隔絶されたパラレルワールドへと突入だ。

晩飯は正直何を作っても「雰囲気」というスパイスだけで美味しいことになってしまう。

そのスパイスの威力は軽く味覇(ウェイパー)の汎用性をも上回る。

ここ最近はもっぱら、僕が「翼くん&岬くん」と呼んでいる「炊飯&鯖缶」のゴールデンコンビ。

あれこれ調理して忙しい夜を送るより、焚き火飯は「ただ飲んで待つだけ」の料理が望ましい。

 

そして腹が満たされれば、ひたすら焚き火の炎を眺めながらちびちびとウイスキーを飲む。

時間とともに思考回路から無駄なものが徐々に削ぎ落とされていき、やがて「ほへぇ〜」という状態になる。

そこまでたどり着けばもはやこっちのもの。

もうそこに一喜一憂などの俗な感情は存在せず、「ただそこに存在するもの」と化して次第に闇と炎の世界に溶け込んでいく。

うまく言えないが、それは生まれたばかりの赤子になったような気分でもあり、死を間近にした老人のような安らぎでもあり、ジョジョ第2部で宇宙に飛ばされて考えることをやめてしまったカーズのような気分だと言えば分かりやすいのである。

こうして念願だった柿太郎とのくんずほぐれずな癒しの夜が過ぎていく。

時折肌にフッと寒さを感じた時、完全に意識や時間の概念も吹き飛んでいたことに気づかされる。

気の合う仲間たちと過ごす夜もいいが、こうして一人で堪能する夜は何物にも代えがたい素敵な一夜になってしまう。

たまにその場で寝転べば空には満天の星空。

川のせせらぎ、虫の声、たき火の音…。

 

何も足さない。何も引かない。

 

これだから野営川旅はやめられない。

 

柿太郎な朝

目覚ましもかけず、自然と起きるべく時間に目覚める朝。

そしてゆっくりと目を開けた瞬間に飛び込んでくる絵画のような柿太郎の川原の清々しさよ。

寝起き一発目から、台所で味噌汁を作ってる愛する彼女の後ろ姿を見てしまった時のような安らいだ目覚めの気分。

これが遮蔽されたテントでは味わえない、タープ泊やニンジャネスト泊の幸福なのである。

 

もそもそと起き上がって、まずは昨晩仕掛けておいた罠を見にいく。

ちなみに今までうなぎなんて一度も獲れたことがなく、もちろん本日も何も入っていなかった。

はっきり言ってこいつは雰囲気を盛り上げるために持って来ているところがあり、逆にうなぎが入っていても捌いたことないから困ったりもする。

という感じで朝のあたり前体操をして「だよね。」と呟いた後は、ゆっくりとコーヒー用のお湯を沸かす。

それをぼーっと眺めていると、向こうの方から「朝」が近づいてくる。

僕は川原で感じるこの「朝が近づいてくる」感じがとても好きだ。

山かげから漏れた朝日が徐々に徐々にこちらに迫って来るのを熱いコーヒーを飲みながら眺めていると、再び「さあ、今日も川と遊ぶか」という力が湧いてくる。

朝飯を作る頃にはすぐそこまで朝がやって来て、

朝が到達することにはちょうど飯も炊きあがって、いなばのダブルカレーも出撃準備万端。

そして朝日に包まれながらスパイシーに体を目覚めさせるのである。

 

で、飯を食ったあと、これが登山だったら即座にテント撤収して旅立つところだが、急がない川旅はしっかりとモーニンググダグダタイムを満喫して荷物が乾くのをじっくりと待つのだ。

僕にとって「川を下る」という行為に特に意味はなく、「素敵な川原にいる」ってことの方が重要なので、何もしなくても十分生産的な気持ちで満たされる。

で、のんびり荷物を乾かし、乾いた服に袖を通して、2日目の川旅スタートなのであります。

まわる柿太郎

本日も快晴。

人工物ゼロの柿太郎区間はただただのどかで、優しくも色濃い自然で旅人を包み込む。

そして進むほどに、その美しさは透き通り過ぎにもほどがあるぜってな状態に。

これぞまさに明鏡止水の世界観。

もう身も心もウッキ浮きなのである。

基本的にこの柿太郎のまわり区間は、このような悠々区間と、以下のような浅瀬区間が交互に現れる。

浅瀬区間は下るには水深不足で歩くことになるんだが、正直この川歩きすら爽快で気持ちいい。

こういう時サンダルだと小石が入って来て鬱陶しかったり、ラバーソールのパドリングシューズだと滑ったりするから、フェルトソールの沢靴だと非常に歩きやすい。

ちなみにパックラフトに紐(僕は長めのスリング)通しておけば、犬の散歩のように流せるから重い荷物とかも背負う必要はない。

 

そしてこのようにひたすら気持ちいい区間にたどり着けば、もう絶対に漕いではならない。

時折方向転換でパドルを入れることはあっても、ひたすら寝転がって川の流れにユラユラと身をまかせるのみなのである。

ただ黙って空を見ながら魚の跳ねる音だけ聞いていればいい。

それが正しいこの川の下り方なのだ。

 

そして13年ぶりに柿太郎と無言で多くのことを語らった僕は、大満足のまま柿太郎のまわりの区間を終了。

自転車が置いてあるゴール設定場所はまだ先だったが、柿太郎で満足しちゃったことと向かい風が強くなって来たこともあってこの時点で早めのゴール。

川から上がれれば、どこをゴールにしようと自由なところもパックラフトのいいところ。

ちなみにこの区間は6月からは鮎釣り区間となって、漁協と観光協会との取り決め上できるだけ川下りは控えるのが地方ルールとなっている。

もちろん強制力はないから下ってもいいんだが、夏に訪れる際は本流の古座川の方が川下り専用として禁漁区間になってるからそっちのが気兼ねなく楽しめるだろう。







川旅は続く

特に盗んでいく奴もいないんでパックラフトとかは乾かし放置しつつ、最低限の荷物持ってのんびり歩いてスタートに戻っていく。

そういう意味でも柿太郎は大きく迂回大回りかましている分、国道を歩く距離は少しで済むのでありがたい。

しかも僕はこういう良い川の流域の集落や、上から見る川の姿も大好きなんで全く苦ではない。

頭上ではトンビがピーヒョロロと旋回する中、味のありすぎる地元の小学校を寄り道して覗いてみたりするノスタルジックな帰り道。

なんとも心地いいトレッキングだ。

 

でもやがて長いトンネルを歩いて行かざるを得なくなり「嫌だなあ」と思ってたら、背後でクラクションがプップーと鳴って「よかったら乗って行きませんかぁ。」の天の声。

見ればさっき道ですれ違った車回送中のパドラーの人で、「最近脱サラしたブログ書いてる人ですよね?」と僕のことを知っていたというまさか。

マニアックがマニアックを呼んで、こんな秘境でユーコン川以来の逆ヒッチハイク達成。

これにて見事トンネル区間を車で運んでもらいホクホクでお二人にグッバイ。

川の仲間は少ないだけに、こういう時知らない人同士で気持ちのいい助け合いとかがあったりするから川旅ってたまんねえ。

ビール譲ってくれた老夫婦、地元の山菜おばちゃん、関西のパドラーの人たち。

良い川には川好きの気持ち良い人間が集まり、その人たちと関わることで川旅は深みを帯びて行く。

 

その後、乾かしてたパックラフトとか回収して、本来のゴールに置いていた自転車を回収。

その際に、昨日仕掛けておいたセルビンを引き上げるとお魚5匹と川エビ2匹が獲れてた。

やっぱ仕掛けはセルビンが最強だ。

その後、結構楽しみにしていた地元のカフェがいつものように「定休日」だったというお約束をしっかりと店の前で確認してから大移動。

川下りを早く終わった分、まだまだ遊びには貪欲に。

日が暮れるまでが川旅なんです。

 

小川を南下して本流の古座川に出ると、そのまま北上して日本版エアーズロックこと「古座の一枚岩」へ。

とてもカメラのフレームに収まらないこの山みたいな巨大な塊が全て1つの岩。

相変わらず内に秘めた「人知れずすげえ和歌山県」が全開だ。

そしてそこをさらに北上し、マニアックな道を進んでいった場所にこの味のある民家の釣り券販売所がある。

この場所も昨日釣り券を買いに行った場所のおばちゃんに聞いた場所で、「古座の釣り名人」がいるというから情報を求めて来たのだ。

その名人は散歩中で不在だったが、そこのおばあちゃんと歓談してこの地方のお話を聞いた。

その間におじいちゃんが息子である釣り名人をなんとわざわざ車で呼びに行ってくれて、その後はその名人からみっちりと情報を聞いた。

そこを後にする僕に対し、おばあちゃんはずっと手を振ってくれていた。

なんだか素敵な時間だった。

 

そしてそこからさらに1時間ほど山の方に分け入って行き、いよいよ古座川の源流域へ。

そこはもうヨダレものの大清流の世界が展開。

そして苔むして今にも朽ちかけそうな吊橋を渡って川に侵入すれば、もはや釣りキチ三平のような素敵な渓流の世界。

午前中に柿太郎で川下りし、午後は古座源流の大清流でテンカラ釣りというゴールデンコース。

そこからしばらくは遡上しながらひたすら釣りに集中。

しかしテンカラを初めて2年くらい経つが、北アの源流部でイワナ釣って以来未だに1匹も魚を釣っていない僕。

この日も見事に釣れる気配ゼロ。

名人に「ここなら数釣れるから」って紹介してもらったエリアでも全く釣れない。

そろそろ「アマゴってのは想像上の生き物なのかな?」なんていじけて来た頃、ようやく人生初アマゴが!

ちっちぇえ。わずか12cm。

1匹釣れればそれ焼いて食って上等ってつもりだったが、さすがにこれはリリースした。

その後も全く釣れる気配ないまま、不毛な遡上は続いた。

しかしその時である。

目の前にとてつもなく美しい淵が登場したのである。

結構深いのに全く深さを感じさせないとんでもない透明度と、その中を浮遊する魚の群れ。

正直写真で伝わる気がしないんだが、ここを初めて見たとき「なんて嘘くさい透明度なんだ!」とビビってしまったほどだ。

もうこうなってくると釣りどころじゃなくなり、ひたすらその淵をエロい目で舐め回すように眺めつづけてしまった。

こういう予期してない時の出会い頭の美淵ほどたまらんもんはない。

とにかく透明過ぎて、川の中と外の境目の距離感がわかんないのである。

すっかりここの美淵に夢中になってしまった僕。

で、すっかり大事なことを忘れたまま、いい加減帰ろうと川の下降を始めてしまう。

そして散々快晴の二日間を浮かれて過ごしてしまった、その代償を支払うお時間がやって来たのである。

 

そう。

僕はあの綺麗な淵で浮かれて写真を撮りまくり、その後カメラを防水パックに入れるのをすっかり忘れてライフジャケットのポケットに入れていた。

そして帰り道、見事に石で足を滑らせて川の中に美しくボッシュート。

全身ずぶ濡れになり、やがて車にたどり着いた時に、ポケットの中のこいつを見つけて愕然とした。

画質にこだわるあまり、防水デジカメではなくハイエンドモデルの高級コンデジを持ち歩いていた男に巻き起こった「THE自業自得」な悲劇。

清流古座川の源流部に、男の「キャアアァァァッッッッ!」という雄叫びが響き渡る。

その高級コンデジはもう二度と目を覚ますことはなかったという。

 

こうして彼の川旅は終わった。

終わり悪けりゃ全てアホ。

素敵過ぎた二日間の川旅も、最後の最後で自作自演のどうしようもなく救いのないエンディングを迎えてしまった。

その後味の悪さはダンサー・イン・ザ・ダークをはるかに凌いでいたという。

 

余談だがカメラのことで頭いっぱいの彼は、この後の温泉に脱いだ服一式全てを置き忘れて来るという大ボケもかましている。

後日着払いで発送してもらったが、家中にものすごい悪臭が漂って嫁さんからひどくディスられたことは言うまでもない。

 

しかしそれもこれもひっくるめての川旅だ!

何事もスムーズに行ってはロマンがないというもの。

男はいつだって暗闇の中を踊るダンサーなのだ。

あんまこっち見んな。

目が赤いのはただの寝不足だ。

こっちを見んな。

 

 

それではまた、

次回の川旅でお会いしましょう。

 

小川パックラフト紀行  〜完〜

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