僕が「柿太郎」に初めて出会ったのはもう13年も前の話だ。
柿太郎は人見知りなので人前に一切その姿を現さないが、その姿はとてつもなく美しい。僕はその時柿太郎から「今夜やさしく抱いてやるから泊まっていきな。」と言われたが、予定が会わずに泣く泣く断った。以来僕は13年間、結婚して子供ができても柿太郎の事が頭から離れず、「いつかあいつと一晩を過ごしてみたい」と強く思い続けてきた。そして今、ようやく僕はその思いを遂げるべく、はるか和歌山の秘境の地へと旅立ったのである。

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柿太郎のまわり

陸の孤島、和歌山県の最南端からさらに山の方へと分け入って行った所に「柿太郎のまわり」と呼ばれる秘境が存在する。

その姿を衛星写真で見ると、このように川の流れが国道に沿ってまっすぐ行くかと思いきや、どっこいとてつもなく大迂回して回りに回っちゃっている所がそうだ。

この訳のわからない川の流れに対し、いつしか人はこの区間のことを「柿太郎のまわり」と呼ぶようになった。

特に柿が名産でもなければ柿の形をしているわけでもなく由来もさっぱりわからないが、とにかく誰が何と言おうとここでは「柿太郎がまわっている」のである。

写真を見ても分かる通り、この4キロほどの区間は完全に人里から分断された手付かずの秘境。

そして人工物の一切見えないその区間は、そのまま川旅野郎にとってのパラダイスなのである。

 

僕が13年前にこの区間を漕いだ時は、そこら中に「さあ!泊まっていきなよ!」といった極上の川原が点在していた。

興味ない人にとってはただの川原だろうが、好き者の僕にとってはそりゃもう吉原の遊郭にでも迷い込んだ気分。

以来僕は「いつか立派に男になってこの花魁道中で泊まって豪遊してやる!」と思い続けてきた。

そして13年後、僕はめでたく脱サラして「立派な遊び人」となって再び柿太郎のまわりへと帰ってきたのである。

いざ秘境の地へ

秘境への移動中も秘境感を味わえるのが和歌山南部のいい所。

例えば移動中にこのような出会い頭のびっくり世界に出くわしたりするのだ。

ここは「虫喰岩」ってとこでなにやらとてつもなく凄いんだけど、GWなのにここを訪れてる観光客は一人もいなかった。

僕はこのような場所すらことさらに主張しないという「人知れず凄え和歌山県」が大好きだ。

 

やがて峠を越えて行くと、美しき清流古座川とともに「少女峰」が現れる。

この少女峰には、「500年前美しい17歳の少女がおったんじゃ。そして求婚を迫る海賊に追われたその少女はこの峰から身投げしましたとさ。おしまい。」という一切救いのない昔話が存在する。

子供に話しても「ストーカーには気をつけましょう」という教訓にしかならない昔話である。

 

そんな秘境巡りをしている最中、酒屋の場所を聞こうと立ち寄った場所でもこのような秘境に出くわした。

一瞬「あれ?ここって中国だっけ?」と思ってしまったほどの7頭身キティちゃんがお出迎え。

なにやら立ち飲みバーのカウンターに肘掛して、男の誘いを待っている良い女な雰囲気を醸し出すキティさん。

一瞬ひるんだが、何気にここのおじいちゃんとおばあちゃんが凄くいい人で、コンビニがなくてビールを買い損ねた僕に家にあるビールを譲ってくれたのである。

こういう地元の方とのふれあいが川旅をより豊かなものにする。

川や釣りの情報も教えてもらって、僕はキティさんに見送られながらスタート地点の「滝の拝(たきのはい)」を目指した。

滝の拝

13年前を思い出す。

本来古座川を下りに来た僕は、地元の人に「支流の小川(こがわ)を下らずして古座川を語るべからず」と言われて急遽小川を下ることになった。

その時、「滝の拝からスタートせよ」という情報だけを頼りに初めて滝の拝に来た時の驚きは今でも覚えている。

何の前情報もない状態でこの光景を見たからである。

まるで氷河のような独特の形状をした岩と、轟々と流れる滝、とてつもない清流と乱舞する鮎の群れ。

その時僕は思わず「凄え!おいおい!もっと宣伝しようぜ和歌山県!」と叫んでしまったほどだ。

一応観光地的な扱いにはなっているが、今日もGWだというのに相変わらず人はいない。

まあだからこそいつまでも秘境感と清流が保たれているのだけどね。

 

早速僕は13年前より確実に「遊び人度」に拍車がかかったこの騒々しい姿へと変身。

さあ、今日は徹底的にこの遊郭で遊んでやるぞと気合十分。

「よろしくお願いします!」と入口の門をくぐり、いざ柿太郎遊郭に向けた花魁道中に侵入なのである。

そして期待で胸を膨らませながら気体でパックラフトを膨らませたら準備完了。

上から覗くと滝の拝は相変わらずの清流さで、花魁(鮎)のみなさんも丸見えだ。

もうワクワクが止まらず、1秒でも早く花魁たちと戯れたい気持ちがスパーク。

で、そのように焦ると「帽子の上にサングラスかけてたのをすっかり忘れたままヘルメットをかぶる」ことになり、天下のオークリーのサングラスが「バキッ」と小粋な音を立ててこういうことになるのである。

このように遊び慣れた遊び人ですら、チェリーボーイ級の焦りを爆発させてしまうのがこの遊郭の恐ろしさ。

まあ晴れたんだからこの程度の代償は致し方なしと思ったが、さすがオークリーさん、この後ちゃんと直りました。

思わぬ形でギアの強度テストが出来て良かった。

そんな大バカ野郎に最適、強靭なオークリー「ピットブル」はこちらからお買い求めくださいませ。

そう、今日は遊びに来たんではない。

あくまでお仕事で来ているのだ。

たとえ今がまだ朝の10時だろうと、黄金色の気合を注入して真面目にいくぞ!

アウトドアギアのレビューライターである以上、このようなスポーツドリンクまでいちいちテストしなくてはならないから本当に大変だ。

とりあえずじっくり検証した上での評価を書いておくと「喉ごしがシャープで刺激的」だった。

ぜひ参考にしてもらいたい。

 

さあ、出発の儀式も終わったところで、いざご入店である!

と言っても一人なんで、この後また戻ってカメラ回収してんだけどね。

そういう裏事情は見て見ぬ振りしてね。

で、改めて、まずは遡上して滝の拝の回廊巡りだ。

こういう普通の観光客では見られない世界に侵入した時、毎度「ああ、川下りやってて良かったなあ」と思ってしまう。

一応滝の真下まで侵入できるから、間近でその迫力を体感することもできる。

で、滝壺を覗いてみれば、とんでもない量の花魁たちが大乱舞中。

写真では分かりにくいが、奥の方でうじゃうじゃしてる魚影がそうである。

滝の拝。

本当にいつ来てもたまらない名店である。

ロンリーマリオ

滝の拝でひとしきり遊んだ後は、相変わらずの清流を堪能しながら川を下っていく。

どこもかしこもスッケスケの世界でウハウハが止まらない。

やがて以前夏に散々遊びまくったお気に入りの淵に到達。

このようなスケスケの淵を目の前にしてただ川を下るだけじゃ男がすたる。

据え膳食わぬは男の恥、スケ淵潜らぬは川男の恥なのである。

はっきり言ってまだ5月頭なんで超絶冷たくて2秒で風邪引いちまうレベルだ。

しかしお相手が冷たいほど、ツンデレ時のギャップに萌えるというもの。

僕は鼻水を垂らしながらひたすら潜り倒し、時期的に油断しているお魚たちのあられもない姿をしっかり覗き見して堪能してやった。

そしてせっかくなんで「WOO!」と叫びながらマリオのように飛び込みダイブ。

ただこれに関してはやる前から薄々感じていたが、一人でやっても若干虚しいという現実に直面させられた。

こういうのはお友達がいて初めて成立する遊びなんですね。

しかもセルフタイマーでタイミング合わせて飛ぶのが難しく、何気にこれTAKE5だったりするんです。

なんだかちょっぴり切なくなりました。

これ、あったかい岩で体を温めているんであって、決して後悔して泣いてるわけではないですよ。

この方法、体が冷えた時の川遊びの基本なんで皆さんも覚えておきましょう。







柿太郎を目指して

その後も柿太郎のまわり目指して川旅は続いていく。

とはいえ急ぐ旅でもなし、気に入った川原が出てこれば即座にお昼寝だ。

しばしこの土左衛門スタイルで午睡を楽しんだ後、美しくも穏やかな流れの中を鼻歌交じりで下っていく。

川に向けて咲く藤の花も新緑に映えて実に美しい。

そして空を飛んでいるかと錯覚するようなこの大清流。

しかし美しいのは藤の花と清流だけでなく、通りすがりの山菜採りのおばあちゃんとの交流も美しい。

流れていく旅人と地元のおばあちゃんの、「画期的な山菜の取り方ですね」「そっちも気持ち良さそうやなあ」「きれいな川ですねえ」「楽しんで行ってなあ」というなんでもないやり取りがたまらない。

川旅においてはその川を下った事実よりも、どれだけその川の流域の世界も含めて繋がりを持てたかが重要だ。

うまくいえないが旅も心も豊かになる。

これがアクティビティとしての川下りでは味わえない、川旅の醍醐味でもあるのだ。

 

そして腹が減って気持ちいい川原を見つければ、そこは即座に極上のランチ会場と化す。

お昼は昼寝の方に時間を費やしたいから、焚き火ではなくウッドストーブでサクッと簡単な飯を作って食う。

この使い古されて味が出まくってるVARGOのウッドストーブとロータスのアルミポッドは、また改めてレビューしますね。

で、飯はもちろんチキンラーメン。

かつてカヌーの神様がCMで食って以来、チキンラーメンは「カヌーイストの聖食」と崇められている。

川旅野郎にとって、海上自衛隊の金曜カレーと同じくらいお決まりのメニューなのである。

で、本日2本目の黄金水を体に注入し、2度目の昼寝をぶちかまし、

英気を養っていざ、柿太郎のまわりの入り口へ到達。

いよいよここからは人工物とグッバイの桃源郷。

ただ何気に昼寝しすぎて、もうすっかり夕方だったりする。

さすがにちょっと焦る。

 

って事で、柿太郎侵入直後から即座に本日の野営地探し。

と言っても、柿太郎に入ってしまえばもうどこもかしこも最上級の川原のオンパレード。

もはや歓楽街の客引きのように「お兄さん!いい川原いるよ!寄ってって!」「昨日入ったばかりのウブな川原あるヨ!」と勧誘が凄まじい。

これだけ優良店が並んでいると、こっちとしても「次のお店はもっと雰囲気がいいんじゃないか?」「もう少し行けば風も凌げてもっとサービスのいいお店が…」となってしまって逆に決めるのが難しい。

しかしそんなこと言ってたら夜になっちゃうんで、本日はこのお店にご厄介になる事に決めた。

川が近いけど高台の場所で、背後の樹林で風も凌げて周辺には流木も豊富で整地不要なほどの平らさ。

周りに人工物は見えずロケーションもバッチリ。

世間の立派なキャンプ場はどこもかしこもGWで混雑しつつ高額料金なのに対し、ここは無料で自由な広々VIPサイト。

もはやディズニーランドを貸し切っちゃったマイケル・ジャクソン気分である。

 

 

さあ、いよいよ13年越しの夢「柿太郎と一夜を過ごす」の思いが今叶えられようとしている。

とにかくこの最上級の5つ星川原で寝るためだけにはるばるここまで来たのだ。

これでもかとだらけて仕事してみせるぞ!

 

という事で、次回はそんな柿太郎とのくんずほぐれずの野営模様と、その後の旅の模様をお送りします。

ちなみに「快晴のくせにいつもみたいに何か私物を奉納しないのかよ!」というサディスティックな皆さんもご安心ください。

次回、そこそこ高価な商品でしっかりと快晴の代償はお支払いしてますから…。

 

浮かれた先にはマゾがある。

それでは次回、後編でお会いしましょう!

 

小川パックラフト紀行・後編へ  〜つづく〜