「パックトランピング」──それはパックラフトでの川旅を中心に、登山や源流釣りなどを複合させて短期間でマゾリ抜くというセルフSMプレイ。今回のパックトランピングでは“ハイク&パックラフト&ポタリング”というスタイルで世界遺産「熊野古道」を舞台に旅をする! …というかその形で旅をせざるを得なかった男の放浪の記録である。(文・ユーコンカワイ)

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熊野古道〜赤木川 パックトランピングの旅

第1章 放浪の始まり

そもそも私は高知の四万十川を4日間かけて旅をするはずだった。

BBGの読者に「これぞ王道の川旅だ!」というものを見せつけて、川の魅力を存分にお伝えしたかったからだ。

しかし最近快晴パワーが三日天下で終わり、再び悪天候男に戻ってしまったことで前半の2日間を「雨」でごっそり持って行かれて四万十川旅計画が頓挫。

仕方なく残り2日間だけで川旅をするべく、比較的近所(と言っても片道5時間)の和歌山県熊野川支流の「大塔川(おおとうがわ)の川旅」に計画変更。

するとその計画を立てた途端に、大塔川付近がピンポイントでフィーバータイムに突入した。

私はネットの水位情報と睨めっこしながら「行くべきかやめるべきか…」とさんざん悩んだ挙句、「日程は延期できないし…BBGのみんなに川旅の素晴らしさを伝えたい!なあに、和歌山の川が本気出せば現地に着いてる頃には水は引いてるさ。」と判断して和歌山に向かった。

で、はるばる5時間かけて来てみると、本流の熊野川が大増水でナイル川になっていたというまさか。

思わず松田優作ばりに「なんじゃこりゃあ!」と叫んでしまったほどの絶望的光景。

しかしそれでもなお「本流はこんな惨状でも支流の大塔川は綺麗なはず。和歌山の川の回復力なめんな!」と突き進む。

なんせ大塔川は私の中の清流三英傑(大塔川・赤木川・安居川)の一角で、事実、多少の雨ならすぐに回復する力を持っている事を知っていたからだ。

 

で、大塔川に到着。

するとそこには「川原がなくなっちゃってるくらいの大増水」という絶望的光景が広がっていた。

広瀬すずが待ってるから!と信じて来てみたら、そこにいたのは広瀬哲朗だった的なショック。

本来の私の計画では、「清流を爽やかにパックラフトで下る」→「素敵な川原で一夜を過ごす」→「翌日はゴールの川原で自作温泉に浸かってフィニッシュ!」というものだった。

しかし肝心の「掘ると温泉出て来るぜ!」の川原自体が無くなっているという現実に直面。

しかし経験豊富な私はこんな時のリカバリー方法を心得ている。

大塔川は諦めたが、本流の熊野川上流の「瀞峡(どろきょう)」まで行けば、比較的綺麗な状態の川を下ることができることを知っているのだ。

なぜなら熊野川は観光ジェット船が行き来しており、増水時もダムで放水調整してるから水位は常時落ち着いた状態だからだ。

私は「我がリカバリー能力なめんな!ジェット船に乗って瀞峡まで行って、そこから素敵な川旅をかましてやる!」と叫んで再び大移動。

で、ジェット船乗り場に着くとこのような光景を確認したのである。

そう、この日は平日だったので「どうせ客こねえからダムに溜まった水を一気に放水しようぜ!という日にぶち当たってしまっていた模様。

なのでむしろいつもより多めに増水していたという、正月の 染之助・染太郎状態だったのである。

これにて見事2度目のリカバリーにも失敗。

完全に万策尽きた私は、公衆トイレの横のベンチで完全に途方に暮れたのである。

こういう時に限って太陽の光が燦々と降り注ぐ。

せっかく和歌山くんだりまで来たのにこのままじゃただの大馬鹿野郎だ。

刻々と過ぎて行く無駄な時間の中、私は必死でさらなるリカバリー案を模索した。

こういう時、人は正常な判断能力が失われて行くものなのかもしれない。

なぜならこの時私が導き出したのが、「明日には水が引くはず!ターゲットは大塔川より水量の少ない赤木川に変更!せっかくだからその赤木川までパックラフト担いで熊野古道を越えて行ってやる!」という謎の答え。

わざわざ熊野古道を越えて行く必要は全くないし「せっかくだから」の意味もわからないが、色々いっぱいいっぱいだったのだ。

何日もかけて計画した四万十川と比べ、この計画のプランニングに要した時間はわずか15分

 

そんな全然やるつもりなかった「熊野古道パックトランピング」のルート計画は以下の通りである。

【オレンジ:熊野古道ハイク、ブルー:パッククラフト、グリーン:MTB】

熊野古道中辺路の「小雲取越え」をパックラフト担いで乗り越えて赤木川上流の和田川の川原で一泊。

そして翌日は和田川ー赤木川をパックラフトで下って、ゴールにデポしたMTBでスタート地点に戻って来るという旅路である。

 

本来は四万十川で優雅に王道の川旅をする予定だったのが、なぜこんなことになってしまったのか?

しかしそんな事を自問自答してる時間もないので、私は急いで小雲取越えの起点となる「請川」に大移動。

軽量化のためにバックパック内の荷物を削りに削り、パックラフト一式とライフジャケットを括り付けて準備万端。

これから熊野古道を歩く人の装備には見えない。

もうなんか色んなことを割り切って進むしかない。

行き当たりばったりすぎて、ネット社会全盛期なのにこれから行く道の事前情報がほとんどないという新鮮さ。

「こういう旅のスタートも悪くない。」と私は無理矢理自分に言い聞かせ、予定外の熊野古道パックトランピングの旅をスタートさせたのである。

 

第2章 小雲取越え

実は熊野古道は「いつかじっくり歩きたいから」と楽しみにとっておいた場所。

そんな大事な場所を、まさかこんな中途半端な状態で突入することになるとは思ってもいなかった。

しかも何気に熊野本宮大社に背を向けての逆走コース。

背中にはなぜかアブノーマルな苦行が沢山まとわりついてるし、時折「あれ?俺なんでこんなことしてんだろう?」と軽度のメダパニ状態になることも。

しかし冷静になって周りを見てみると、さすがは遥か昔から多くの人々が往来した天下の参詣道。

非常に歩きやすくて気持ちの良い新緑トレイルが続いて、次第に上機嫌になって来た。

登山道とはまた違った「なんとなく人の匂いがする」という、実に特殊な趣を感じるトレイル。

所々にはかつて参詣者をもてなした「茶屋跡」がいくつもあり、なんとも旅情緒をくすぐって来るのである。

ちなみにこの場所で他のハイカー夫婦とすれ違ったが、彼らは僕の荷物を見てカトちゃんばりの二度見をかましていた。

そんな視線にめげることなく、快適な古道を全然快適じゃない重荷を背負ってヒイヒイ言いながら突き進むと、

突然ドバンと景色が開けて「百間ぐら」という景色の良い空間に到達した。

長い熊野古道の歴史の中で、ここまでパックラフトを担ぎ上げてしまった傾奇者は私くらいだろう。

何事も「史上初」という言葉が大好物。

とりあえずパックラフト担いでなんかすれば高確率でパイオニアになれるのが素晴らしい。

それが楽しいかどうかは別としてね。

 

その後も熊野古道らしいかにもな風情を横目で見つつ、

道端にワラジの藁みたいなのを見つけては、昔の古道に想いを馳せたりしながら旅は進む。

しかし流石にだんだん荷物の重みで肩も痛くなって来て、割とそこそこな疲労困憊状態に。

喉元まで「くそう!普通の装備で普通に歩きたかったぜ!」という言葉と後悔が遡上して来てしまったが、そんなものはアミノバイタルで飲み込んでひたすら進む。

二つ目の峠となる桜峠を乗り越えて、雰囲気のある桜茶屋跡を越えて行くと、

ついに明日下る赤木川の姿を眼下に捉えた。

車で簡単に行ける川に、あえて山を越えて来たことでなぜか妙に感動的な気分だ。

歩いてる最中は「なんだか無駄なことしてる感」が心の9割を支配していたが、以外とこれはこれでアリなのかもしれない。

そんなパックトランパーだけが味わえる感動を経て、

無事に熊野古道「小雲取越え」を完遂。

川旅ってのは川を下るだけでなく、その流域の風土や歴史を感じてより深みを増すもの。

あくまでも「川下り」しに来たんじゃなくて「川旅」しに来たんだから、今となってはこれで良かったのだ。

さあ、まだ旅は始まったばかり。

のんびり行こうぜ。

 

第3章 川原の王族

熊野古道は終わったが、ここからは古道を離れて「今夜の5つ星ホテル」を探す旅だ。

赤木川沿いを遡上してプラプラと放浪。

時折樹林の間から見える赤木川は、増水して濁ってるとはいえやはり美しい。

さすがは大塔川と並ぶ清流三英傑。

スマホで水位情報を確認すると、朝の時点からすでに30cmも水が引いている。

やっぱ和歌山の川の回復力は素晴らしいのである(ダムがなく余計な護岸工事とかされてないから山の保水能力が高いのだ)。

 

やがて赤木川上流の和田川に到達し、そこでこんなステキな5つ星ホテルに遭遇。

流木も豊富で、川原も川から一段上がったところが平らになっていて、目の前は清流のせせらぎ。でもって無料で無人のフリーダム。

やっぱりホテルはリバーサイド。

川沿いリバーサイド。

食事もリバーサイド。

Oh リバーサイド。

 

そして荷物を降ろしてまず必ずやらなくてはいけないのがこの「チェックイン作業」だ。

川野郎のチェックインとは、その川で黄金水を冷やすことと相場は決まっている。

で、チェックイン後はのんびりとベッドメイキングだ。

川原でタープを張るって事自体がもはやエンターテイメント。

その日の風向きや強さ、雨が降りそうかどうか、そして川が美しく見えるポイントを見極めながら位置や張り方を試行錯誤。

それをビール飲みながらやるっていうのが最高の快楽。

今回は風がひんやりだったんで、開放感は少ないけど風の侵入少ないオーソドックススタイルにて。

この状況見てるだけでビールが進む事進む事。

ベッドメイキングが終わると、今度は快適空間づくり。

大きめの流木と岩を組み上げて、そこにライフジャケットを添わせてやれば、

極楽ソファの出来上がり。

モデルが薄幸顔なので貧乏人感が出てしまうが、これでも気持ちだけはアラブの王族にも引けを取っていないつもりだ。

価値観なんぞ川では全てが自分次第。

ここでは金の延べ棒より乾いた流木の方が価値がある。

この5つ星ホテルでは、そんなお宝が軽々と大量に手に入るからウハウハなのである。

ひとしきり流木を集めたら、まだ晩飯まで時間があったんでブッシュクラフトの真似事に興じて、

人生初の流木トライポッドなるものを製作。

思った以上にちゃんと出来て、正直これも見てるだけでうっとりしてビールのツマミになってしまうほど。

そして仕上げに魔除けの手ぬぐいをセットしたら、マイプラベートホテルの完成である。

そしてこの極上キッチンで、ただ投入するだけのメシを作れば、

「雰囲気」という魔法のスパイスのおかげで、何を作ってもミシュラン5つ星クラスの美味しさになってしまうのである。

今夜のディナーは「おこげ付きふっくらご飯〜焚き火の灰を添えて〜」「醤油サヴァ缶と乾燥野菜の合わせ煮〜熊野古道の鼓動を感じて〜」「バーバーそら豆の直焼きアラカルト〜軽くお塩ふって召し上がれ〜」の3品。

特にこの時期の焚き火そら豆のウマさったらもう。

そんな5つ星ディナーを食べ終わる頃には夜の帳も下り、それと同時に「この世の極楽のお時間」が開幕する。

ただただ焚き火の炎を見つめながら、川のせせらぎ、虫の鳴き声をバックミュージックにウイスキーをちびちびと。

人間社会でこびりついた何か黒いものが炎と一緒に闇に溶けていき、少しずつただの動物だった自分に戻って行く。

ここでは誰かと何かを比べることもなければ背伸びをする必要もない。

ほろ酔い気分でそのまま川原に横になれば、頭上には満点の星空。

その星空を囲むように、炎の揺らめきの投影で木々が踊っているように見える。

ただここにいるというシアワセ。

何か大きなものに包まれてるような気持ちになって思わずニヤニヤする。

やがて気持ち良い眠気に誘われて、もそもそとタープの下に移動して眠りにつく。

焚き火のパチパチという音が心地いい。

素敵な夜である。







第4章 魅惑の猛ダッシュ

朝が来た。

山陰から登った朝陽が、少しずつ川原を光で塗りつぶして行く。

その光に照らされた和田川をみると、見事に水は引いていてしっかり清流状態に。

本来の清流度を知ってるだけに完全復活ではないが、たった1日でここまで回復してしまう和歌山の川の恐ろしさよ。

昨日あのまま帰ってなくて本当に良かった。

 

あったかい朝のコーヒーを飲みながらしばしのんびりし、僕の川旅時には恒例の「やっぱりいなばだ!朝から贅沢ガッツリ2色カレー!」を頬張ってしまうのである。

1杯目はチキンタイカレー、2杯目はツナタイカレー!痩せる気なし!

水の遊びはやたら腹減るんで朝からガッツリとスパイシーに。

焚き火料理は放り込むだけで済む缶詰が多いが、私はことの外「いなば食品のタイシリーズ」を愛してやまないのである。

 

やがてタープとかが乾くまでのんびりした後、荷物をパッキングしてパックトランピング二日目スタート。

熊野古道ハイクのお次は、和田川-赤木川をパックラフトで川下りだ。

赤木川は今まで何度も下っているが、上流のこの和田川からは初めて。

初めての川を下る時は毎度ワクワクが止まらない。

さあ、いざ出発。

流石にササ濁りでいつもの清流度はないが、天気も良いし実に気持ちが良い。

スタートしてすぐ、このような謎の洞窟を発見。

自然でできたものなのか人工的なものなのか分かんなかったが、これドラクエだったら絶対中に宝箱があるパターンだ。

非常に冒険心がそそられたが、中に妖怪とか魔物とか嫁とかがいたら怖いからスルー。

 

和田川は人工物も見えずに雰囲気は抜群に良い。

適度な流れで心地よく、時折このような快適な瀬も現れて気持ちが良い。

やがて途中で小口川と合流して和田川は赤木川となる。

もちろん、清流三英傑に認定されるだけあって相変わらず美しい赤木晴子さん。

見慣れない人が見るとこの写真見て「スッゲー綺麗!」と言うかもしれないが、本気の晴子さんの姿はこんなもんじゃない。これでも相当濁ってる状態だ。

私はかつてこの場所で晴子さんに「清流は…お好きですか?」と問われてバスケ部に入部して川好きとなった。

そんな私も今では経験と脂肪を積んで見事にリバウンド王となってデブの花道まっしぐらである。

 

そしてここで私が、新しいバックパックの防水&強度テストのためにタワーブリッジをしている時に、

唐突に試合開始の笛が鳴った!

この時ふと川の下流に目をやった時、なんとそこには「流されて行く無人のパックラフト」の姿が!

私は「うおおおお!」と叫び、慌ててパドルを持って川原を猛ダッシュ。

ここからは突然「パックラフトvs俺」というスペシャルマッチが始まってしまったのである。

計り知れないダメージを負ってしまった。

危うくいなばのダブルカレーをリバースするところだ。

まさか42歳にもなって、こんな平日の天気の良い昼間に世界遺産の川原を全力でダッシュするとは思ってもいなかった。

しかし一見ただの凡ミスに見えるだろうが、実はこれも立派なパックトランピングの種目の一つ。

己の相棒をあえて川に流し、それを全力で追っかける「パックランニング」という新アクティビティ。

悟空が強くなるために自分の技を自分で受けて修行したのと同じ原理だ。

もちろん荷物は置き去りだから、ダッシュした区間はまた戻って荷物の回収をしてフィニッシュ。

この無駄さがたまらない。

しかもここで奇跡的な合わせ技。

実はこの「パックランニング」の一部始終を、たまたま熊野古道に来ていた外人ハイカーさんたちに目撃されていたりするのである。

彼らに日本古来の神事をお見せすることができて、私も感無量である。

 

熊野古道はこんな感じで外人ハイカーさんも多いため、日本古来の古道でありながら若干異国間も感じられるのが旅的でいい。

熊野古道を訪れる人は、山だけじゃなくこうした美しい川の風景も感じてもらいたいものである。

外人ハイカーさんにジャパニーズマゾスタイルをお見せした後も、赤木川の旅は続く。

流れの緩やかなところはパックラフトの上で寝そべって身を任せ、カーブや瀬が来たらあらよっと越えて行く。

そして上陸した場所から沢を軽くシャワークライミングで登って行くと、

こんなステキなプライベート滝がお出迎え。

滝と滝壺と自分が一つの部屋の中にいるかのような感じで、マイナスイオンの凝縮っぷりが半端ない。

そんな滝を満喫した後は、もう漕ぐことも放棄して土左衛門のように流されて行く。

パックラフトの船首にトンボが止まったりするのを微笑ましく眺めて、

頭上には「ピーヒョロロロ」とトンビが周回する。

ついつい「慌てない慌てない。一休み一休み。」という一休さん気分に浸ってしまう。

のんびり区間や適度な瀬や岩の間を抜けて行く区間があったりと、川的にもいろんな要素が詰まっていて実に心地よい時間がすぎて行く。

ちなみに何度も言うけどこれでも濁ってる状態でざいます。

和田川からスタートして距離こそ4.8kmとそんなに長くないが、川旅ってのはこのくらいの距離感が一番ちょうどいい。

やがて大きな堰堤がある手前の場所にてゴール。

一時ははるばる和歌山まで来て川下りできないのかと思われたが、なんだかんだと良い感じで下れてよかった。

しかも熊野古道を歩いてここまで来たってのが結果的に「旅感」が出てステキだった。

これはパックトランピングというスタイルじゃないと感じることのできない充実感である。

 

やがてこの場所で荷物や服が乾くのを昼寝して待ちまして、

再びパックラフトを担いで次なる旅路へ。

事前にデポっておいたMTBを回収し、

熊野古道ハイク、赤木川パックラフト&パックランニングの次はMTBでポタリングだ。

己撮りの難易度もさらにアップ。

セルフタイマーセットして自転車で行ったり来たりするのは不審者感が凄まじいので、あまり都会ではやらないようにした方がいいだろう。

 

第5章 オアシスランチ

まずは赤木川沿いを本流の熊野川に向けて自転車を走らせていく。

下り基調だし、横目で清流を楽しめるからこれはこれで超絶気持ちがいい。

なんとも言えない牧歌的な雰囲気。

そして時折現れるこじんまりとした可愛い集落や、日本の原風景を思わせる欄干のない沈下橋が郷愁をそそる。

橋の上に「いいちこ」でも置けば、かなりノスタルジックな光景になってしまうだろう。

実は川を下るっていう行為も好きなんだが、こういう風景の中に身をおくことの方が好きだったりする。

だから私は「川下り」と言わずに、こういうのも含めて「川旅」と言っている。

 

やがて本流の熊野川(新宮川)に到達。

川は一気に大河となり、まだ雨の名残で相変わらずのナイル川だ。

そしてこの上流で昨日ジェット船で行けなかった北山川が流れ込んでくるところがあるんだが、熊野川がナイル化してる時には面白い光景を見ることができる。

清流の北山川と濁流の熊野川が合流する場所では、水が混ざりきらずに綺麗に2色分割されているのだ。

そしてその上をジェット船が通って行くという不思議な風景。

って言うか今日はちゃんと運行してるんだね…。

まあ結果オーライさ。

おかげでステキな熊野古道パックトランピングができたんだから、逆に感謝である。

 

その後は濁流の熊野川を横目に、長く単調な道を進んで行くと、

いい加減腹が減って来てしんどくなって来た。

なんせ途中でパックランニングという消費カロリーの激しい戦いをしてしまったので、もうこの頃にはハンガーノック寸前なのである。

っというタイミングで、何やら美味しそうなカフェレストラン発見。

このルート上には全くお店はないので、まさにオアシス。

なんかこんな感じで出会い頭のステキなカフェに立ち寄るだなんて私らしくないが、実に浮かれたポタリング感が出ていいじゃない。

たまにはこういうところでおしゃれなメシ食って、インスタとかにアップ…

ほほう。

今回はこういうパターンね。

OK、OK。

 

カフェでおしゃれにランチとか分不相応なことを考えてしまった私が悪いのだ。

所詮いなばのカレー缶くらいが私の精一杯のオシャレメシ。

結局その後私は、昨日のツマミの残りのバタピーを食って飢えを凌ぐだけのランチタイムを楽しんだ。

悔しいからよっぽどそのバタピーをインスタにアップしてやろうかと思ったが、惨め映えしてしまいそうなのでやめておいた。

 

そんな感じで微妙な気持ちのまま、昨日のスタート地点へとゴール。

こうして見事、行き当たりばったりの「熊野古道パックトランピング」を完遂。

たった15分で計画した旅にしてはなかなかの充実度。

実は過去に3回パックトランピングをして来たが(裏銀座、雲ノ平、大杉谷)、まともにちゃんと川を下れたのは今回が初だった。

やっと「同情されない」旅ができた気がしてならないのである。

 

第6章 サムライの温泉卵

まだ熊野の川旅は終わらない。

やって来たるは湯の峰温泉。

ここにはなんと世界で唯一の「世界遺産に登録された温泉」というものがある。

それがこの「つぼ湯」だ。

私は温泉に対して癒しよりも面白さを求めてしまう男なので、こういう温泉は大好物。

中は個室の30分貸切制で、受付でお金払って番号札をもらって順番を待って中に入る。

もちろん体を洗う所もなく、たったこれだけのために770円も払っている。

せっかく温泉に入ったのに、頭も洗えないから全然二日分の汚れが落ちることもない。

結果的にお金を失った上で気持ち悪さをキープしたまま出ることになるが、そんなものは世界遺産というロマンの前では安いものなのである。

 

さあ、温泉で面白さを楽しんだ後は「温泉卵」だ。

売店などで生卵が売ってるから、そこで卵二個買ってこの場所へ。

この中にマイ卵を投入して、お店の人に言われた通り11分ほど待機。

昼メシがバタピーでまともに食えてないから、この温泉卵はかなり楽しみだ。

やがて11分経ったんで喜び勇んで取り出して殻を剥くと、白身部分がまだ「液状」で全然固まってない上に熱々で猛烈に手をヤケド。

しかも優雅に温泉卵食ってる姿を撮影しようと、カメラセットして座った場所が温泉熱でめちゃくちゃ熱かったというまさか。

手はヤケドだし尻は燃えるように熱いが卵を剥くまではこの場を動けない。

そんな状態で「ウックッ!アッツゥー!」と身悶えながら戦う姿を、道の上から多くの外国人観光客が眺めていた。

もはや気分は愕怨祭で油風呂に入って見世物になってる富樫源次。

外国人観光客たちも私の見事な殻の剥き方を見て、「OH!ジャパニーズスタイル!」と驚嘆していた。

少しはインスタ映えする写真が取れただろうか?

散々手をヤケドした挙句、結局黄身しかまともに食えなかった。

とりあえず海外の人たちに日本男児の心意気だけは見せつけることができたから、まあ良しとしておこう。

彼らは帰国後、友人などに「知ってるか?サムライはあえて熱々の所に座って手にヤケド負いながら黄身だけ食うんだぜ」と自慢げに話すんだろう。

 

こうして旅は終わった。

高知四万十川を目指していた男が、紆余曲折の末に辿り着いた終着点は和歌山熊野古道の温泉地。

なんだかよくわからない旅だったが、一泊二日でここまで色々楽しめたんだから結果オーライだ。

山越えのために荷物を減らしたことで、結果的に余計なものを持って行かずにシンプルな川旅を楽しめた気がする。

単純に川だけを行くよりも、熊野古道を歩いたことでより深くその土地を感じることもできた。

しかも川原をダッシュして心肺機能と羞恥心も鍛えることができた。

 

今回の「熊野古道パックトランピング」では、初めて人にオススメできるルートを開拓できた気がする。

ぜひあなたもやってみてはいかがでしょうか?

 

それではまた山と川でお会いしましょう。

無駄を愛するロマンハンター。

ホームレスカワイがお送りしました。

押忍!