運命の二日目がやって来た。本来であれば2日をかけて行く「31.6km 15時間」を1日で駆け抜ける肉体破壊男塾コース。しかも朝から容赦なく降り注ぐ冷たい雨。果たしてユーコンカワイは精神を破壊されることなく、最後まで歩き抜くことができるのか?いざ、限界突破の男塾名物「雨中直進行軍」の始まりだ!
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信越トレイル2日目 赤池〜関田峠
第5章 希望の轍
ほとんど寝れてない状態で突入した二日目。
雨は思った以上に本降りで、しかも雪になる手前くらいのキリリと冷えた爽やかさ。
それでも今日も信越トレイルからの素晴らしい景色を求め、唇を紫色にしながら進んでいく。
やがて地図上で双眼鏡のマーク(眺望良し)の場所へと辿り着く。
ちょうど案内看板もあったので、私は目の前の景色と照らし合わせながら「ほほう、あれが妙高山であっちが火打山か。おお、日本海も見えるぞ!」と景色を堪能。
やはり朝日に照らされた妙高火打の眺めは素晴らしく、思わず朝から目頭が熱くなってしまう。
ほんと、こういう時の眺望案内看板って悪天候男の神経を逆なでするからやめていただきたい。
一応今日は「曇り一時雨」という予報だったんだが、起きてから一時どころか常時雨が降り続いている。
希望湖に到着する頃には完全なザザ降りと化し、希望のカケラもない状態に。
本来ならここから毛無山に登っていくルートが信越トレイルの本線なのだが、実は20分時間を短縮できるショートカットルートがある。
当初の計画では「当然信越トレイル本線でいくぜ!」と息巻いていたが、もはやこの時点では1mmの迷いもなくショートカットルートを選択していた。
そして少しでも早く先に進むため、雨の希望湖沿いをハイスピードで走って進む。
そしてだいぶ距離を稼いだ時点で気づく。
自分がルートから外れて全然違う方向に突っ走っていたことに。
結局また元来た道を走って戻ることになり、戻った頃には「30分」という時間をロスしていた。
20分巻くためにショートカットを選択し、散々走った上で30分経っても少しも先に進めなかった私。
こういうのを骨折り損のマゾ儲けと言うのだろう。
第6章 泥だらけのジャック
コースタイムでは15時間となっているが、そのまま行ったらテン場に着くのが夜になってしまう。
事前計画では、本日は「走れるとこは走って根性で3時間巻いて12時間でゴールする!」という強行軍予定。
しかし折からの雨で、道はすっかりゲリ道と化してとても走れる状態じゃない。
それでも先ほど湖で無駄な回り道をして焦っていた私は、「ぬおおおおお!」とバシャバシャ突っ走っていく。
その時である。
私は豪快にゲリに足をすくわれ、そのまま転倒して壮絶なスライディングをかましてしまった。
それはもうキャプテン翼並みのスライディングとなってしまい、「なにィ!」と叫びながらズッシャァァッッと約2mほど滑落。
ショートカットルートを選択したことにより、湖で迷った挙句にゲリ道転倒というこの踏んだり蹴ったりさ。
思わずジャックバウワーのように「クソゥッ!」と叫んでしまったほどの厳しい時間帯。
だめだ、マジでもう帰りたい。
しかし諦めたらそこで試合終了だ。
いつか必ず来るであろう「晴れ」を目指し、たとえ「お先真っ白」でもとにかく先に突き進むしかない。
とにかく泣いたら負けだ。
って段階でまた余計な眺望案内看板。
私は「ほほう、千曲川越しに見える志賀高原の眺めが…」まで言うと、再び「クソゥッ!」と叫んで号泣。
今回の「24」は長く厳しいシーズンになりそうだ。
第7章 目指せ放尿
延々と続くゲリ道の中、相変わらず厳しい行軍が続いている。
「一時雨」予報の雨は全く止む気配はなく、永遠とも思える「一時」が続く。
私はここにハイキングを楽しみに来たはずだったんだが、いつのまにか何かの国家的特殊部隊の個人訓練でも受けさせられてるような気分になって来た。
そんな気分のまま、やがてスタートから4時間。
心身ともにボロボロになって来た段階で、ようやく雨宿りして休憩できるポイントに到達。
これは本当にありがたかった。
やっと雨に打たれずに座って休むことができたが、あまりの寒さに体がガタガタと震えている。
顔色なんてもうデスラー総統のように青ざめてしまっている。
我が相棒のバックパックも、ここまでの激戦のせいでいつのまにか「ハイパーライト マウンテン ゲリ」になってしまった。
実はあのキャプ翼スライディングの後も何度もゲリに足を取られて転倒を繰り返している。
もう正直トレイルっていうより、ずっと田んぼの中を歩いてる気分だ。
しかしここでもゆっくり休憩できない理由が私にはあった。
実はもう膀胱が破裂しそうなほど、おしっこが限界なのである。
この信越トレイルは環境保全のため指定のトイレ以外でのし尿は禁止されており、それ以外の場所では携帯トイレの使用を推奨している。
携帯トイレは持って来ていたが、荷物になるからギリギリまで頑張ってなんとかトイレだけで済ませたいのだ。
休憩もソコソコに、トイレポイント目指して激しい内股になりながらくねくねと進んでいく。
走れるところは突っ走っていくが、すぐに勢いで「ピュッ」と出そうになってしまい、何度もその場でうずくまってかかとで肛門あたりをグリグリしてやる(これやると尿意が少し収まる)の繰り返し。
なんて過酷なセルフSMプレイなのか?
今もし急に鹿とか飛び出して来たら、びっくりしてジュンジュワーは避けられない。
しかし根性でケツ筋を引き締めながら、必死の思いで桂池のテントサイトに到達。
そしてそこのトイレで、今日一番の幸福の時間が訪れた。
苦しい時間を乗り切った者だけが味わえる快感がそこにある。
おそらくこれでまた「卑猥で下品な記事」というお叱りを受けてしまいそうだが、これが信越トレイル、そして41歳の男のリアルなのだからしょうがない。
全てを伝えるのがジャーナリストである私の使命なのである。
第8章 立ち食いラーメン
その後も勢いを増す白の脅威。
もう数m先も見えない感じで、ここなんてとんでもない絶壁の道を歩いてる気分になって来る。
道のゲリ度も激しさを増し、もう吉本新喜劇レベルの頻度でズッコケては全身泥だらけに。
信越トレイルってこんなにハードな世界だったのか?
私の想像だと、もっとアハハウフフでピースフルな場所だと思っていた。
しかもあまりに長く続くこの辛さに、「なんでもないようなことが〜幸せだったと思う〜」というロード第2章のフレーズが頭の中でリフレインをやめてくれない。
そして歩けど歩けど、当たり前だが誰一人としてハイカーに出会わない。
というか虫すら存在せず、たまに1匹現れたカエルを寂しさのあまり抱きしめてしまいそうになってしまったほど追い詰められて来た。
やがて脳内ロードが第86章に達する頃、不意に霧の中に仙人が現れた。
ハイカーじゃなくてただのキノコ採りのおじいちゃんだったが、久しぶりに人に出会えて私は泣きそうになって思わず「写真撮らせてください」と言ってしまったほど。
しかし動揺のあまりiPhoneがバーストモードになっていたのか、「パシャシャシャシャシャ」と連写が止まらない。
結局このおじいちゃんの写真を62枚も撮ってしまい、一気にデータ保存容量が逼迫されてしまった。
それでも嬉しさのあまり話し込んでしまい、結局またここで貴重な時間をロス。
いい加減腹が減って死にそうなので、地図上にまた「東屋」のマークを見つけたのでそこを目指す。
しかしその東屋付近に到達したんだが、もはやホワイトアウト状態で東屋を見つけることができない。
方々探し回ったが結局最後まで東屋を見つけることができず、そのまま山道に入ってしまった。
また今日も昼飯が食えないハンガーノック一直線だ。
しかし途中で一瞬だけ雨が上がるというビッグチャンスが到来。
私はそのチャンスを逃してなるものかと、即座にラーメン用のお湯を沸かす。
するとその段階で「かかったな!」とばかりに輪をかけた土砂降りがスタート。
これは孔明の罠なのか。
結局沸騰してないお湯をラーメンにかけ、3分も待たない状態で「スピード立ち食い」する羽目に。
当たり前だがスープは人肌以下のぬるさで、麺はバリカタ状態。
でも食わなきゃ死んでしまうから、涙目になりながら立ったままバリボリと食らいつく。
この時だっただろうか。
心の中で何かがボキッと折れる音がしたのは…。
第9章 限界点突破
朝出発してから8時間くらいが経っただろうか。
ずっと冷たい雨に打たれ続け、何度も転倒してはまともな休憩をすることも許されずここまでやって来た。
気がつくと立ったままぼーっとしてることもあり、かなり厳しい状態。
そしてうわごとのように「誰か…抱きしめて…強く…抱きしめて…」などとブツブツつぶやき始める始末。
しかしそんなうわごとすら、台風並みに強くなって来た風雨が容赦なくシャットアウト。
まるで冷蔵庫の中にいるみたいに寒く、そして寂しい光景。
やがて根性だけで鍋倉山山頂に到達するが、正直セルフタイマーをセットするのが精一杯でポーズをとる余裕はない。
体も冷えて力が出ない。
そんな時は最終兵器のウイスキーをガッと体内に注入し、最後の火事場のくそ力を発動させる。
体がカッと燃えたぎり、その勢いを借りて一気に下っていく。
しかししばらく進むとどうも様子がおかしくなって来た。
この段階で、またしても道を間違えてるということに気づいて思わず頭を抱える。
慌ててまた鍋倉山山頂を目指してフンガフンガとハイクアップ。
そして山頂に戻って来てからまた気づいてしまう。
さっきの道で合ってたじゃないの!ってことに。
本日2度目のジャックバウワーが登場し、「クッソォォォッッッ!」と絶叫。
わけのわからん行ったり来たりの繰り返しだけで、貴重な火事場のくそ力を使い果たしてしまった。
それでも男塾仕込みの根性を発動させ、「みさらせ!これがユーコンカワイの生き様じゃぃぃ!」と叫びながら猛烈に突き進む。
しかしその余計な勢いのせいで、弁慶を倒木に猛烈強打。
悶絶が止まらない。
いよいよ本気で泣きそうになり、この時点で頭の中にもう一人の自分が現れて「もうよくやったよ。誰もお前を責めはしない。もう楽になっていいんだ。諦めてお家に帰ろうぜ。」と囁く。
しかし私は唇を真一文字に結びながら立ち上がり、足をひきづりながら愚直に前に進んでいく。
やがて本日最後の山、黒倉山に到達。
そして己を鼓舞するように「ここを乗り越えれば私はもう1つ上のマゾになれる!私も苦しいが信越トレイルも苦しいはず!ここ勝負だよ!信越ビビってるよ!」と叫びながらさらに歩みを進める。
こうして私は限界の先の住人と化し、本日のゴール「光原荘」目指して突き進んでいった。
第10章 光の射す方へ
ここまでいったいどれほどのエネルギーを消耗して来たのだろうか。
あまりにも腹が減りすぎるため、なんと4日分の行動食をついに食べつくしてしまったのだ。
完全な行動食計画ミス、というか想定以上のエネルギー消費。
こっから先はほとんど飢餓状態となり、道端に生えてるキノコを見ては取って食ってしまいそうな危険な状態。
しかし今日のゴールまであと少し。
ようやく山道を抜け、本日7つ目となる最後の峠「関田峠」に到達!
しかしここからテン場まではさらに延々とこの舗装路を歩いて行かなければならない。
アスファルトの道を歩き出すと、途端に足も膝も痛くなってくる。
景色もどっかの星にいるみたいで、完全に私の動きもC-3POのようにカクカクだ。
やがてはるか遠方に「光原荘」が見えて来た。
あと少しだ。
光の射す方へ、ただ一歩づつ、一歩づつ。
新品だったシューズも、もう10年くらい履き続けているかのようにボロボロだ。
そして朝、赤池の便所から出発すること12時間。
見事予定通り3時間タイムを巻いて、夕方17時にゴール!!
頭の中に流れ続けるサライ。
誰も出迎えてくれる人はいないが、半端ない達成感が私を支配していた。
そして中の人に「今日テントサイトを予約してる者ですが…」と言い、何のためらいもなく「今日はテントやめてここで素泊まりします。」と腑抜け宣言。
正直昨日より寒いし雨だし、このままテントでオーバーナイトしちゃったら100%明日の朝私は山を降りてしまうと判断。
鬼社長アツシオガワに「この腑抜け野郎!」と怒られそうだが、今の私はこのように生を繋ぎ止めることだけで精一杯だ。
入り口で売ってたこごみ笹竹を貪るように食い、生きるために黄金の聖水を必死で体内に流し込む。
こうしてやっと今日初めて「まだ人間として生きていいんだ」という快楽に溺れていった。
頭の中では本日212回目の「何でもないようなことが〜幸せだったと思〜う〜」が流れ出す。
何でもない幸せ。
それを噛みしめるために私は信越トレイルに来たのかもしれない。
やがてヒーターでぬくぬくになっていく室内。
寒さと戦った昨日とは打って変わった天国の中、私は眠りに落ちていった。
しかしである。
夜中に「ピーピーピー」という音で目が覚める私。
何とヒーターが給油ランプ光って止まっちゃったじゃない。
管理人寝てるから起こすわけにもいかず、暖房を失った室内はみるみる寒くなっていく。
結局私はお金を払って快楽を求めた挙句、またしても寒さと戦うことになって眠れない夜に落ちていった。
給油…
しといておくれよ…。
こうして長い長い二日目の男塾名物「直進行軍」は幕を閉じた。
一番過酷な行程を、一番過酷な条件の日にぶち込んでしまった我が運命にただただ自分で感心するばかり。
この日、間違いなく私はワンランク上のマゾ野郎になった気がしてならないのである。
さあ、だからと言って信越トレイル完全踏破への道はまだ半ば。
過労死するにはまだ早い。
次回3日目4日目を一気に振り返る信越トレイル最終章。
果たして無事にこの信越トレイルを踏破することができるのか?
不幸と凡ミスの連鎖は止まらない…。
信越トレイル3へ 〜つづく〜