「信越トレイル」──それは全長80kmにも及ぶ日本初のロングトレイル。そんなハイカー達の聖地に今、気力・体力ともに衰えが激しいユーコンカワイが今更挑戦!しかも通常4泊か5泊を要する行程を3泊4日で駆け抜けざるを得ない強行軍。本厄悪天候男が送る、魂の肉体破壊スルーマゾハイクが今始まろうとしているのである!

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信越トレイル1日目 斑尾山〜赤池

第1章 はじまりはいつも雨

長年「いつかは行ってみたい」と思っていた信越トレイル。

今までは仕事で長期の休みも取れず、家庭内で「奴隷係」も務める私にそのようなロングハイクは不可能に思われた。

しかし仕事がBBGとなった今、敏腕社長アツシオガワに懇願し、聖帝様(嫁)に土下座をして、ついに「3泊4日」というギリギリの日程を手に入れたのである。

本来なら5日くらいかけてのんびりスルーハイクしたかったが、わがままは言ってられない。

おかげで二日目は「31.6km 15時間男塾コース」というとんでもない行程になってしまったが、そこはもう根性でカバーするしかないのである。

 

そしていよいよ挑戦の日がやってきた。

信越トレイルの起点である斑尾高原に向かう我が頭上には、信じられないほどの青空が広がっているではないか。

今まで散々現場で雨を降らせては、「悪天候神拳伝承者」「白に愛された男」「万年厄年野郎」などと言われてきたが、いよいよその称号ともグッバイのようだ。

 

しかしである。

高速道路を降りた途端、見る見るうちに空が不穏な空気感に包まれていくではないか。

思わず「おい、なんだ、噴火か?青はどこ行った?」と言ってしまったほどに、急激に大発生するモクモクさん。

そして私がスタート地点の駐車場に車を止め、サイドブレーキを引いた瞬間。

「長い運転お疲れ様でした。お待ちしておりました。」とばかりにウェルカムシャワーが!

なんてことだ。

これからクソ長い80kmのロングトレイルが始まるってのに、こんな陰鬱な気持ちでスタートせねばならんのか。

しかし無理言って手に入れたこの3泊4日、こんな所で撤退するわけにはいかない。

ってことで陽気に雨の中でスタート記念写真だ。

全然気分が上がらない。

こんなモチベーションで本当に80kmも歩き通せるのだろうか?

 

しかも実はここはまだ信越トレイルの正式なスタート地点ではない。

信越トレイルは「斑尾山の山頂」から始まるので、そこまでの約2時間の登山はカウントされない。

なので、とりあえずは斑尾山山頂を目指す戦いの始まりだ!

 

と、意気盛んにスタートして10分。

早くも私は遭難していた。

一体ここはどこなんだ?

草ボーボーだし、信越トレイルってのはバリエーションルートなのか?

 

地図を見ながら呆然と立ち尽くしていると、地元の猟師さんが現れて「あんたここ違うよ。一回戻んな。」と言われて振り出しに。

そしてもう一回地図を見ながら慎重に進んで行ったが、今度はなぜかパターゴルフ場に出てしまうというまさか。

信越トレイル、なんて複雑怪奇で不明瞭な道のりなのか?

このままではスタート地点にすら辿り着けずに撤退のピンチだ。

(ちなみに私は悪天候男とは別に“方向音痴マスター”という称号も所有している。そしてのちに発覚するが、実は最初の駐車場の時点で間違っていたという“ズサンプランナー”でもあるのである。)

 

第2章 泳がされる樹林帯

あれからパターゴルフ場を8ホールほどさまよい、なんとなく正式な登山ルートに合流。

そしてこの段階で、なんと雨が上がって再び太陽の光が降り注いできたではないか。

俄然テンションが上がり、斑尾山頂からの大眺望に期待が膨らむ。

しかしここからが想像以上の超急登コースだった。

ウォーミングアップもできてない状態で突然のハードワーク。

樹林帯で景色も見れないし、むしろこういう時は暑いからこんなに燦々と晴れてくれなくてもいい局面。

なんかこういうのやたら身に覚えがある。

大概この手のグハグハ樹林帯を快晴で泳がされた時は、苦労して登った先で白にまみれてきた。

 

しかし神様もそこまで意地悪じゃないだろう。

なんせここを登りきった先のルートは、この長い信越トレイル上で「最も展望が効くコース」と言われている。

相当キツイ登りだったが、山頂からの絶景だけを励みにグヘグヘと根性ハイクアップだ。

 

そしてついに斑尾山頂に到達!

さあ!これが信越トレイルで最も展望が効く場所からの眺めである!

真っ白じゃねえか!

 

さっきまで樹林帯の中で、やたら暑さで苦しめてくれた晴れはどこに行ったんだ?

すげえしんどかった登りだったのに、なんだこの激しい喪失感は。

まあいい、いつものことだ。

「絶景」と「達成感」なんて言葉は、私の中ではとうの昔に死語となっていたはず。

何はともあれ、やっと私は信越トレイルのスタート地点に立ったのだ。

なあに、ここから4日間、80kmもあるんだ、どっかで晴れるだろう。

 

さあ、心を折るにはまだ早い。

信越トレイル上で「最も展望が効くコース」ってやらをしっかり堪能しながら先に進もうではないか。

ほら、あそこに今一瞬、かろうじて野尻湖っぽいやつの端っこっぽいのがバッチリ見えたじゃない。

なんてSNS映えする光景なのか。

何事もこのくらいの「チラ見せ」の方が興奮するというもの。

残りは全部想像で補完すればいいだけのことだ。

白いキャンバスに何を描こうとも私の自由。

晴れ男晴れ女どもにはこのチラリズムの奥ゆかしさがわからない。

なんて可哀想な奴らなんだ。

なんて可哀想な…

なんて…

 

第3章 孤独なランチ

泣くだけ泣いら先を急ごう。

「もし晴れてたら」とかの思考回路は一旦停止させ、「私はここに筋トレしにきたんだ」という修行モードに気持ちを切り替える。

道はトレイル維持のボランティアの方達のおかげでとてもよく整備されていて、秋ということもあって落ち葉の絨毯がふかふかサクサクで…

と思いきや、内実はここんとこの雨のせいでぐちゃぐちゃのドロドロ状態だったりするわけで、気がつくと靴の裏は4〜5人分のウンコを踏んだみたいな状態に。

小学生ならたちまち「うんこマン」というあだ名がついてしまう。こうなると滑るのなんのって。

下りはズルッズルでトレッキングポールなしではまともに歩けない。

 

やがてスキー場を抜けていくと、県境を越えて新潟県へ。

信越トレイルは何度か峠を越えて信濃と越後を行ったり来たり。

里も近いから時折学校のチャイムの音とか聞こえて来たりして、「山登り」というより、やはり「旅」という感情が高まってくる。

ってことで初日は8.5kmで約6時間の行程でやや余裕ありなので、移動の疲れもあってのんびり仮眠休憩。

しかしここで思いがけず1時間近く本寝をかましてしまい、体も冷えて鼻水がズビズビに。

しっかり体調を崩したところで、本日2つ目の山「袴岳」に向けていざクライムオン。

もちろん景色は個人的諸事情によって全く見えないが、さすが信越トレイル。

ブナ林の中を進むこのなんとも言えない気持ち良さったらもう。

だいぶ時間がかかったが、やっと気持ちが「あ、楽しいかも」という穏やかな状態に。

お腹も空いてきたことだし、袴岳の山頂で気持ちよくランチでもとって気分を上げるビッグチャンスだ。

 

やがて袴岳の狭い山頂に到着すると、なんとそこには10人ほどの大量の外国人の皆さんが占拠していた。(あまりの迫力に写真を撮ることもできず)

結果私が優雅にランチをとるスペースなど存在せず、ジャパニーズ的ハニカミスマイルを浮かべながら「ハロー。OHソーリー。ハロー。」とつぶやきながら素通りする羽目に。

山頂滞在時間5秒のまま、そっから先はメシを食うスペースのない細い樹林帯が延々と続いた。

「いつか山頂よりもっと素敵なランチスペースが出てくるはず」と信じて、腹をグゥグゥ言わせながらひたすら進む。

しかし行けども行けども座るスペースすらなく、やがてハンガーノック寸前まで追い込まれていく私。

結局やっと辿り着いた「林道の脇」という味気なさマックスの場所で、細々とおにぎりを食う孤独なランチタイムに。

公園でおにぎり食いながら新聞の日雇いバイト欄を眺める失業者のような哀愁が漂う。

しかもいつあの大量の外人軍団が降りてきて「ヘイ、あのロンリージャップ、こんなとこで寂しくライスボール食ってるぜ!」なんて会話されるかわかんないから、急いで食ってさっさと出発だ。







 

第4章 冷え冷えロンリーナイト

やがて本日のテント場がある「赤池」に到達。

無人施設の「赤池遊森の館」。綺麗なトイレと水場(要浄水)がある。

ここから赤池のほとりを数分歩いた所に、

信越トレイルの指定テントサイトがある。

信越トレイル上には5つほどの指定サイトがあり、すべて事前予約が必要だ。

なんとも気持ちのいい芝生サイトだが、平日でこの天気だから見事に他に誰もいない。

ほんとは他に若者とかが一人旅で来てて、夜とか酒飲みかわしながらお互いに人生とか語っちゃうのかななんて期待してたが、今日も見事に独り酒になりそうだ。

わざわざ「頂」を持って来たのは、ローカスギアのクフHBと一緒にこの写真が撮りたかったから。

一応出発前にfacebookで「これから信越トレイル行って来ます!酒とかの支援物資大歓迎!」と宣言してみたんで少し期待して待っていたが、誰一人来やしねえ。

まるでクリスマスパーティーの時の星飛雄馬の気分だ。

しかも1時間仮眠したにもかかわらず予定より早く着きすぎてまだ14時半。

本も持って来てないから暇でしょうがない。

 

とりあえず赤池遊森の館まで水を汲みに行く。

信越トレイルは要所要所に水場はあるんだが、そのいずれも「浄水器でろ過すること」が推奨されている。

もちろんこの時のために持って来たのは、やたら浄水スピードの速いカタダインのビーフリーだ。

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しかしである。

長いこと使ってなかったからかフィルターの目が詰まってて、一滴一滴しか出てこないではないか。

若きマスラオの放尿の如きだったあの頃の面影が全く無い。

もはやドモホルンリンクルの抽出を見守ってる人状態となり、2Lの水を作るのに30分以上もこの場で戦う羽目に。

しかもこの間やたら冷え込んで来て、一人ブルブル震えながらの極寒作業。

浄水の一滴よりも、鼻水の方がジョバジョバである。

(※ちなみにビーフリーを長く使用しなかった際はフィルターを流水で洗ってシェイクすると復活します。翌日からは復活しました。)

 

結果的に暇つぶし?はできたが、体が冷え切ってしまってそこからはテント内引きこもり生活。

やがて夜が来ると「おい、いくらなんでも寒すぎやしないか?」ってな状況に。

のちに発覚するのだが、私がこの地方に来てしまったせいで 志賀高原、妙高から、乗鞍岳あたりまで広範囲に渡って寒波が襲来し、10月なのにがっつり雪が降った模様。

そんな状態のところに「やっぱ信越トレイルはUL装備っしょ」と意気がってぺらぺらの防寒具とカリカリのシュラフしか持って来てない私に、地獄の夜が押し寄せて来たのである。

 

まずテントのインナーがフルメッシュなので、ガンガンに風が入って来て冷房の送風口の前にいるかのような冷え冷え感。

シュラフはぺらぺらで、特に腰のあたりが常時冷たいという辛さ。

OLよりも冷え性な私は足先からもみるみる冷えていき、このまま寝てしまったらもう2度と目を覚まさずに永遠のロングトレイルに旅立ってしまいそうな勢いだ。

そこで持って来た着替えからレインウェアに至るまですべて着込み、シュラフもシュラフカバーごとバックパックの中に入れて少しでも保温対策。

それでも全然寒くて眠れない。

時折ガバッと起きて50回くらい腹筋して無理やり体を温めるが、横になるとすぐに腰から冷えて来る。

なんとか現実逃避しようと「私は高校球児で豪速球ピッチャーだ」という妄想を開始し、甲子園で優勝するまでのストーリーを頭に思い浮かべてごまかしながら、なんとか眠りにつこうともがき苦しむ。

しかしそのピッチャーがドラフト1位で中日に入団し、数年後メジャーに行って50歳で引退するまでの2時間近い壮大な妄想が終わっても全く眠りにつけなかった。

やがて私は「もうダメだ!」と判断し、結局最終兵器「睡眠薬」を飲んで気絶する道を選んだ。

 

それでなんとか寝れたが、私はじじいなので、寒さも手伝って数時間おきにオシッコがしたくなって目を覚ましてしまう。

で、トイレ行って戻って来るたびに再び眠れぬ夜との戦いとなり、また「私は天才サッカー少年だ」という妄想を開始してワールドカップで得点王になるまでの長い戦いに埋没していくのである。

 

こうして寝たのか寝てないのかわからないまま、何度目かの国民栄誉賞受賞の妄想の末に朝がやって来る。

もちろん目覚ましのアラーム音は、いつものように「テントを叩く雨の音」

私クラスになると、特に時間設定しなくてもちゃんと出発の時刻に合わせてそのアラームが鳴るようになっている。

 

そそくさと飯を食って、適当にテントを撤収し、

そのまま屋根があるトイレにダッシュして避難して荷造り。

こんな夢も希望もない朝は久しぶりだ。

 

こうしてやって来た運命の二日目。

今回の挑戦において最もハードな「31.6km 15時間男塾コース」が、なんとこのクソ寒い雨の中で開催されることになってしまった。

正直もうこの段階で私の心の中では「もう帰りたい…」という情熱があふれんばかりだ。

 

しかし憧れ続けた信越トレイル、こんなことで諦めるわけにはいかない。

いよいよ本番を迎える「信越男塾」。

これは人間の肉体と精神の限界に鋭く迫るドキュメンタリー。

ここまではただのウォーミングアップにすぎない。

 

さあ、永遠のように長い地獄の1日が今、始まろうとしているのである。

 

 

信越トレイル2へ 〜つづく〜